士道要論 / 士道・人の心に備わる道心を明らかにする
士たるもの己を治め人を治るには、まづ心を治むべけれど、私心にてはよからず、道心にこそあるべけれ、道心はみな人々の心にそなはるものにて、即性なり、性はたれもあしきものなく皆よしといへど、かの人欲のわたくしに蔽はれてくらみたるものぞ多き、そのうちには、よきといふ人はくらからぬものもあれど、此に明かなれば彼にくらくして、大空のくまなくはれわたりたるごとき人は聖人の外にはあらず、されば、聖人のみは道心全く明らかにおはしまして、その行ひ玉ひしことも、語りたまひしことも、即道となりて、世々の人のまもるべきをしへとはなれり、聖人の道とても人々の心になきことにはあらず、但偏僻と全體とのたがひあるのみ、凡人の私心偏見より見ては、おりには迂濶なることのやうに思ふをしへもあるべけれど、これはおのれがいたらぬところと思ひて、あつく聖人を信じてその道をかうがへあきらめ、今日人倫の上に及して、義の至當をもとむるこそ實の學問といふべけれ、眞の士道も、たゞこの道によりてこそ行ふべけれ、近世武辨の家にも、おのづから武士道といへる事ありき、
新字:士たるもの己を治め人を治るには、まづ心を治むべけれど、私心にてはよからず、道心にこそあるべけれ、道心はみな人々の心にそなはるものにて、即性なり、性はたれもあしきものなく皆よしといへど、かの人欲のわたくしに蔽はれてくらみたるものぞ多き、そのうちには、よきといふ人はくらからぬものもあれど、此に明かなれば彼にくらくして、大空のくまなくはれわたりたるごとき人は聖人の外にはあらず、されば、聖人のみは道心全く明らかにおはしまして、その行ひ玉ひしことも、語りたまひしことも、即道となりて、世々の人のまもるべきをしへとはなれり、聖人の道とても人々の心になきことにはあらず、但偏僻と全体とのたがひあるのみ、凡人の私心偏見より見ては、おりには迂濶なることのやうに思ふをしへもあるべけれど、これはおのれがいたらぬところと思ひて、あつく聖人を信じてその道をかうがへあきらめ、今日人倫の上に及して、義の至当をもとむるこそ実の学問といふべけれ、真の士道も、たゞこの道によりてこそ行ふべけれ、近世武弁の家にも、おのづから武士道といへる事ありき、
書き下し
士たるもの己を治め人を治るには、まづ心を治むべけれど、私心にてはよからず、道心にこそあるべけれ、道心はみな人々の心にそなはるものにて、即性なり、性はたれもあしきものなく皆よしといへど、かの人欲のわたくしに蔽はれてくらみたるものぞ多き、そのうちには、よきといふ人はくらからぬものもあれど、此に明かなれば彼にくらくして、大空のくまなくはれわたりたるごとき人は聖人の外にはあらず、されば、聖人のみは道心全く明らかにおはしまして、その行ひ玉ひしことも、語りたまひしことも、即道となりて、世々の人のまもるべきをしへとはなれり、聖人の道とても人々の心になきことにはあらず、但偏僻と全體とのたがひあるのみ、凡人の私心偏見より見ては、おりには迂濶なることのやうに思ふをしへもあるべけれど、これはおのれがいたらぬところと思ひて、あつく聖人を信じてその道をかうがへあきらめ、今日人倫の上に及して、義の至當をもとむるこそ實の學問といふべけれ、眞の士道も、たゞこの道によりてこそ行ふべけれ、近世武辨の家にも、おのづから武士道といへる事ありき、
現代語訳
士たる者が己を治め人を治めるには、まず心を治めるべきですが、私心ではいけません、道心でなければなりません。道心はすべての人の心に備わっているもので、すなわち性です。性は誰も悪いものではなくみな善いと言いますが、人欲の私に覆われて暗くなっている者が多いのです。その中には、善いという人は暗くない者もいますが、こちらに明るければあちらに暗く、大空が隈なく晴れ渡ったような人は聖人のほかにはいません。だから聖人だけは道心が全く明らかでいらっしゃって、行われたことも語られたこともそのまま道となり、代々の人が守るべき教えとなりました。聖人の道といっても人々の心にないものではなく、ただ偏りと全体との違いがあるだけです。凡人の私心や偏った見方からは、ときに現実離れしたように思える教えもあるでしょうが、これは自分が至らないところと思って、厚く聖人を信じてその道を考え明らかにし、今日の人倫の上に及ぼして、義の最も当を得たところを求めてこそ、本当の学問と言うべきです。真の士道も、ただこの道によってこそ行うべきです。近ごろの武辺の家にも、自然に武士道というものがありました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷三・第6段たとえば。人ありて。命を千貫萬貫にかへんかといふとも。かゆるものあるべからず。さほど大切なる命なれども。義によつて拋こと。塵よりも輕し。しかるときは。義ほどにおもきもの。世にあるべからず。源致雄歌に「いのちをばかろきになしてものゝふの道よりおもき道やらめやは(風雅集に見えたり。)
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『講孟余話』盡心上 第三十四章是れ上章「其の有に非ずして之を取るは義に非ず」と云ふに因りて、陳仲子の義、大義とするに足らず、只是れ簞食豆羹を舎つるの義なるを云ふ。陳仲子の事は、滕文公下篇末章に詳らかなり。仲子兄を避け母を離れ、吾が禄を食はず、これ親戚・君臣・上下を亡みするなり。已に人の大倫を外したる人なれば、他の小義は復た云ふに足る者なし。今斉国大なる如しと云へども、畢竟簞食豆羹と異なることなし。孟子論ずる所は物の大小に非ず、乃ち義の大小なり。是れを以て知るべし、聖人は人倫の至りにて、聖人の道は又人倫を以て大綱とす。受与の際に至りては、特に其の細目のみ。夷・斉の餓死する如くにして君臣の義あり、匡章の養はれざる如くにして、却つて父子の親ありと知るべし。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子の道は、すべき事を行ひ、すまじき事をせず。これ義なり。好むべき事を好み、好むまじき事を好まず。是善なり。君子の道はかくの如きのみ。是孟子の語意なり。一人の知は目のごとし。人の目はよく百里の外を見れども、わが睫を見がたし。人の智よく他人の悪を知れども、わが身の悪を知らず。人をみることは常に明なり。私なければなり。自ら見ることは常にくらし。私あればなり。ここを以て、人の過をせむる事はきびしく、わが悪をゆるす事はゆるやかなり。
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『五常訓』巻之四・義一中庸曰く、義は宜なり、賢を尊ぶを大なりと為す。朱子章句に云く、宜とは事理を分別して、各宜しき所有るなり。周子も、宜を義と曰ふ。釈名曰く、義は宜なり、事物を裁制して、宜しきに合はしむるなり。諸説皆宜しきを以て義とす。宜しきとは、万事万物の品にしたがひ、其理をわきまへて、相応するを云ふ。朱子は、義は心の制、事の宜といへり。制とは、たちわかつ意。裁判するなり。心の制とは、心中に善悪をわかつ所の理あるを云ふ。義の心にあるは、利刀の如し。物来れば、刀を以てたてば二となる。善悪を決断する事、かくの如し。是心の制なり。義の体とす。事之宜とは、諸事に相応して、其理の宜しきにしたがふを云ふ。是義の用とす。事之宜は、心の制ありて、善悪をたちわかちて後の事なり。人を愛するは仁なり。
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『弁名』義人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。
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『晏子春秋』雑上・崔慶劫齊將軍大夫盟晏子不與崔杼既に莊公を弑して景公を立て、杼と慶封と之を相け、諸将軍大夫、及び顕士庶人を太宮の坎上に劫し、盟わざるを得ざらしむ。壇を為ること三仞、其の下を塪り、甲千を以て列ねて其の内外を環らす。盟う者皆剣を脱して入る。維だ晏子のみ肯んぜず、崔杼之を許す。敢えて盟わざる者有らば、戟其の頸を鉤し、剣其の心を承く。自ら盟わしめて曰く、「崔・慶に与せずして、公室に与する者は、其の不祥を受けん」と。言疾からず、指血に至らざる者は死す。殺す所七人。次いで晏子に及ぶ。晏子杯血を奉じ、天を仰ぎて歎じて曰く、「嗚呼。崔子は無道を為して其の君を弑す。公室に与せずして崔・慶に与する者は、此の不祥を受けん」と。俛して血を飲む。崔杼、晏子に謂いて曰く、「子、子の言を変えれば、則ち斉国は吾子と之を共にせん。子の言を変えざれば、戟既に脰に在り、剣既に心に在り、維だ子之を図れ」と。晏子曰く、「吾を劫すに刃を以てして其の志を失うは、勇に非ざるなり。吾を回すに利を以てして其の君に倍くは、義に非ざるなり。崔子、子独り夫の詩を為まざるか。詩に云う、『莫莫たる葛藟、条枚に施く。愷悌たる君子、福を求めて回ならず』と。今嬰且に以て回りて福を求む可けんや。曲刃もて之を鉤し、直兵もて之を推すとも、嬰は革まらず」と。

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