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士道要論 / 士節・気を用に立てる節操とその備え

士氣すでにみちたれる上は、節によるぞそよけれ、節とはもと竹のふしよりとれる名なり、竹は天を衝てのぶる氣あれども、ふしのしなりなかりせば、雪霜をしのぎて、四時をつらぬき、色をかへざるとはかなふまじ、士の行ひも氣のみにて節なかりせば、いかで眞の用をなすべき、故に士たるものは、平居には、伊尹の一介も人にとらざる節を守り、事變にあはゞ、干蠋が忠臣は二君につかへざる節を守り、死生の際にのぞんでは、孔子の死を守り、道を善するの訓、及び曾子の大節にのぞんで奪はれざるの敵にしたがひてこそ、氣も眞の用にたつべけれ、是即禮義の心なり、しからずば、氣象ありて死をかろんずるとも用をなさゞるのみか、かへつて害をなすべし、されど、莊周が語に死生亦大也とありて、死は人のおそるゝところにてたやすからざるものなれば、平生に心得なくばかなふまじ、士人の子たるもの、大方は一命の君のものたることをこゝろ得れど、むかしより節を失ひて、甲斐なき命を惜むものも少からず、あるひは一時義に激して死するものはあれど、事變の間に居て、千變萬化しても、しかとふみこたえて死ぬるものはむかしとてもまれ〱なり、ゆへに德川家の忠臣義士多さだも、小牧のときに岡崎の留守をゑらびたまひしに、まさかのとき妻子をも刺し殺し、

新字:士気すでにみちたれる上は、節によるぞそよけれ、節とはもと竹のふしよりとれる名なり、竹は天を衝てのぶる気あれども、ふしのしなりなかりせば、雪霜をしのぎて、四時をつらぬき、色をかへざるとはかなふまじ、士の行ひも気のみにて節なかりせば、いかで真の用をなすべき、故に士たるものは、平居には、伊尹の一介も人にとらざる節を守り、事変にあはゞ、干蠋が忠臣は二君につかへざる節を守り、死生の際にのぞんでは、孔子の死を守り、道を善するの訓、及び曽子の大節にのぞんで奪はれざるの敵にしたがひてこそ、気も真の用にたつべけれ、是即礼義の心なり、しからずば、気象ありて死をかろんずるとも用をなさゞるのみか、かへつて害をなすべし、されど、荘周が語に死生亦大也とありて、死は人のおそるゝところにてたやすからざるものなれば、平生に心得なくばかなふまじ、士人の子たるもの、大方は一命の君のものたることをこゝろ得れど、むかしより節を失ひて、甲斐なき命を惜むものも少からず、あるひは一時義に激して死するものはあれど、事変の間に居て、千変万化しても、しかとふみこたえて死ぬるものはむかしとてもまれ〱なり、ゆへに徳川家の忠臣義士多さだも、小牧のときに岡崎の留守をゑらびたまひしに、まさかのとき妻子をも刺し殺し、

書き下し

士氣すでにみちたれる上は、節によるぞそよけれ、節とはもと竹のふしよりとれる名なり、竹は天を衝てのぶる氣あれども、ふしのしなりなかりせば、雪霜をしのぎて、四時をつらぬき、色をかへざるとはかなふまじ、士の行ひも氣のみにて節なかりせば、いかで眞の用をなすべき、故に士たるものは、平居には、伊尹の一介も人にとらざる節を守り、事變にあはゞ、干蠋が忠臣は二君につかへざる節を守り、死生の際にのぞんでは、孔子の死を守り、道を善するの訓、及び曾子の大節にのぞんで奪はれざるの敵にしたがひてこそ、氣も眞の用にたつべけれ、是即禮義の心なり、しからずば、氣象ありて死をかろんずるとも用をなさゞるのみか、かへつて害をなすべし、されど、莊周が語に死生亦大也とありて、死は人のおそるゝところにてたやすからざるものなれば、平生に心得なくばかなふまじ、士人の子たるもの、大方は一命の君のものたることをこゝろ得れど、むかしより節を失ひて、甲斐なき命を惜むものも少からず、あるひは一時義に激して死するものはあれど、事變の間に居て、千變萬化しても、しかとふみこたえて死ぬるものはむかしとてもまれ〱なり、ゆへに德川家の忠臣義士多さだも、小牧のときに岡崎の留守をゑらびたまひしに、まさかのとき妻子をも刺し殺し、

現代語訳

士気がすでに満ちている上は、節によるのがよいのです。節とはもともと竹のふしから取った名です。竹は天を衝いて伸びる気がありますが、ふしのしなりがなければ、雪や霜をしのいで四季を貫き、色を変えないということはできないでしょう。士の行いも、気だけで節がなければ、どうして本当の役に立てるでしょうか。だから士たる者は、平生は伊尹が「一介も人から取らない」節を守り、事変にあっては王蠋が「忠臣は二君に仕えない」節を守り、死生の際に臨んでは、孔子の「死を守り道を善くする」教え、及び曾子の「大節に臨んで奪うべからず」の教えにしたがってこそ、気も本当に役に立つのです。これがすなわち礼義の心です。そうでなければ、気象があって死を軽んじても役に立たないどころか、かえって害をなすでしょう。けれども荘周の言葉に「死生もまた大なり」とあり、死は人が恐れるところでたやすいことではないので、平生に心得がなければなりません。士人の子たる者は、大方は一命が主君のものであることを心得ていますが、昔から節を失って、甲斐のない命を惜しむ者も少なくありません。あるいは一時、義に激して死ぬ者はいても、事変のさなかで千変万化しても、しっかり踏みこたえて死ぬ者は、昔でもまれです。ですから徳川家に忠臣義士が多いといっても、小牧(の戦い)のときに岡崎の留守居を選ばれたところ、いざというとき妻子をも刺し殺し、

解説

気力だけでは足りず、それを支える節操がなければ本当の役には立たない、竹のふしになぞらえた教えです。節がない勢いは、かえって害にもなります。管理職にとって節とは、平常時の清廉さ、緊急時のぶれない判断、重大な局面で信念を奪われない芯の強さといえます。突発的な危機に立ち向かう勇気だけでなく、平時から価値観と行動の基準を固めておく準備が必要です。本文の死をめぐる記述は歴史的な背景として読み、現代では誠実さや責任を貫く覚悟として受け取るのが適切です。

この章句が説くこと

士道要論斎藤拙堂節操伊尹曽子気力

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