驢鞍橋 / 卷下
彼人思ひ入たる道理計りを云つて聞きうけす、無理に剃髮を乞ふ。師曰く、夫れならば力及はす、其方次第也。我處にては、總して出家させず、何方にても剃りめされんず迄よ。夫れはともあれ、後にいきあたりめさるゝな。今云つて聞かせ申すぞ。御公儀より御穿鑿あらん時、別に云分有るへからす。某世間いやに御座有るに仍て、此の躰に罷り成る也。曲事に思召さば、御成敗有るべしと云つて罷出て、腹切らんと思定めめさればすらるべし、是れ一つ。又出家しても食はでもならず、着でもならず、草履鼻紙も使はでならず、何としても一年に金三兩ほどは入らんずと思ひめされよ。不觀にひよつとすつて後、餓鬼に成りめさるゝな。覺悟有らばすりめされよ。寺に入り大事の施物を食ふも非義也。又親類衆纔かの知行を以て、世間を間に合はせて行かんとするを貪らんと思ふも比興也。夫れよりは此の身を主君に抛て、奉公して食ひたるかよき也。總而片ふしんに思にならぬ物也。我と自分過きするやうにする物也。是れ一つ。右の旨覺らば、御邊次第也。後に行當りめさるゝな。
新字:彼人思ひ入たる道理計りを云つて聞きうけす、無理に剃髪を乞ふ。師曰く、夫れならば力及はす、其方次第也。我処にては、総して出家させず、何方にても剃りめされんず迄よ。夫れはともあれ、後にいきあたりめさるゝな。今云つて聞かせ申すぞ。御公儀より御穿鑿あらん時、別に云分有るへからす。某世間いやに御座有るに仍て、此の体に罷り成る也。曲事に思召さば、御成敗有るべしと云つて罷出て、腹切らんと思定めめさればすらるべし、是れ一つ。又出家しても食はでもならず、着でもならず、草履鼻紙も使はでならず、何としても一年に金三両ほどは入らんずと思ひめされよ。不観にひよつとすつて後、餓鬼に成りめさるゝな。覚悟有らばすりめされよ。寺に入り大事の施物を食ふも非義也。又親類衆纔かの知行を以て、世間を間に合はせて行かんとするを貪らんと思ふも比興也。夫れよりは此の身を主君に抛て、奉公して食ひたるかよき也。総而片ふしんに思にならぬ物也。我と自分過きするやうにする物也。是れ一つ。右の旨覚らば、御辺次第也。後に行当りめさるゝな。
書き下し
彼人思ひ入たる道理計りを云つて聞きうけす、無理に剃髪を乞ふ。師曰く、夫れならば力及はす、其方次第也。我処にては、総して出家させず、何方にても剃りめされんず迄よ。夫れはともあれ、後にいきあたりめさるゝな。今云つて聞かせ申すぞ。御公儀より御穿鑿あらん時、別に云分有るへからす。某世間いやに御座有るに仍て、此の体に罷り成る也。曲事に思召さば、御成敗有るべしと云つて罷出て、腹切らんと思定めめさればすらるべし、是れ一つ。又出家しても食はでもならず、着でもならず、草履鼻紙も使はでならず、何としても一年に金三両ほどは入らんずと思ひめされよ。不観にひよつとすつて後、餓鬼に成りめさるゝな。覚悟有らばすりめされよ。寺に入り大事の施物を食ふも非義也。又親類衆纔かの知行を以て、世間を間に合はせて行かんとするを貪らんと思ふも比興也。夫れよりは此の身を主君に抛て、奉公して食ひたるかよき也。総而片ふしんに思にならぬ物也。我と自分過きするやうにする物也。是れ一つ。右の旨覚らば、御辺次第也。後に行当りめさるゝな。
現代語訳
その人は思い込んだ道理ばかりを言って聞き入れず、無理に剃髪を願った。師は言われた。それならば力及ばない。あなた次第である。私のところでは、おおよそ出家はさせない。どこででも剃ってしまいなさい。それはともかく、後で行き詰まってはならない。今言って聞かせるぞ。公儀から詮議があったとき、別に言い分があってはならない。私は世間が嫌になりましたので、この姿になりました。不届きと思し召すなら、ご成敗ください、と言って罷り出て、腹を切ろうと思い定めているのなら、剃ってもよい。これが一つ。また、出家しても、食べなければならず、着なければならず、草履や鼻紙も使わなければならない。どうしても一年に金三両ほどは要るだろうと思いなさい。考えもなく、ひょいと剃った後で、餓鬼になってはならない。覚悟があるなら剃りなさい。寺に入って大事な施し物を食べるのも道にはずれている。また親類衆がわずかな知行で世間を間に合わせていこうとしているのを、貪ろうと思うのも卑怯である。それよりは、この身を主君に投げ打って、奉公して食べるのがよい。おおよそ片付かない思いのままでは、ものにならない。自分で自分の暮らしを立てるようにするものである。これが一つ。右の趣旨を覚悟するなら、あなた次第である。後で行き詰まってはならない。
解説

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