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武士道 / 第四章 勇・敢爲堅忍の精神・かねて無き身と思い知らずば

故に毫も外物の窘迫する所とならず、常に他を容れて、多々益す辨ずるものあるなり。史に傳ふ、江戶城の開祖たる太田道灌、曾て戰塲に若武者の首級を獲るや潛然として之を憫み、かゝる時さこそ命の惜しからめ、かねて無き身と思ひ知らずば。の和歌を詠じて之を弔せり。然るに後、道灌の讒に會ひて、浴室に刺さるゝや、神色變ぜず、手づから槍幹を抑へ昨日まで、まゝ妄執を入れおきし、へんなし袋、今やぶりけん。と、一首の狂歌を吟じて絕命せりと云ふ。道灌たるもの亦た自から、かねて無き身と思ひ知らずば、いかでか能く斯の如きを得んや。丈夫の心中、常に磊々落々たるものあり、凡夫の一大事は勇士の一笑事に過ぎず。されば古への戰に、兩雄陣に臨み、劍戟を交ふるに當りて、尙且つ連歌を鬪はしたるのためしも尠からず。

新字:故に毫も外物の窘迫する所とならず、常に他を容れて、多々益す弁ずるものあるなり。史に伝ふ、江戸城の開祖たる太田道灌、曽て戦塲に若武者の首級を獲るや潜然として之を憫み、かゝる時さこそ命の惜しからめ、かねて無き身と思ひ知らずば。の和歌を詠じて之を弔せり。然るに後、道灌の讒に会ひて、浴室に刺さるゝや、神色変ぜず、手づから槍幹を抑へ昨日まで、まゝ妄執を入れおきし、へんなし袋、今やぶりけん。と、一首の狂歌を吟じて絶命せりと云ふ。道灌たるもの亦た自から、かねて無き身と思ひ知らずば、いかでか能く斯の如きを得んや。丈夫の心中、常に磊々落々たるものあり、凡夫の一大事は勇士の一笑事に過ぎず。されば古への戦に、両雄陣に臨み、剣戟を交ふるに当りて、尚且つ連歌を鬪はしたるのためしも尠からず。

書き下し

故に毫も外物の窘迫する所とならず、常に他を容れて、多々益す弁ずるものあるなり。史に伝ふ、江戸城の開祖たる太田道灌、かつて戦場に若武者の首級を獲るや、惻然として之を憫み、「かかる時さこそ命の惜しからめ、かねて無き身と思ひ知らずば」の和歌を詠じて之を弔せり。然るに後、道灌の讒に会ひて、浴室に刺さるるや、神色変ぜず、手づから槍幹を抑へ、「昨日まで、まま妄執を入れおきし、へんなし袋、今やぶりけん」と、一首の狂歌を吟じて絶命せりと云ふ。道灌たるもの、亦た自から、かねて無き身と思ひ知らずば、いかでか能くかくの如きを得んや。丈夫の心中、常に磊々落々たるものあり、凡夫の一大事は勇士の一笑事に過ぎず。されば古への戦に、両雄陣に臨み、剣戟を交ふるに当りて、なお且つ連歌を闘はしたるのためしも尠からず。

現代語訳

ですから少しも外の物に追い詰められることなく、常に他を受け入れて、多ければ多いほどよく処理するものがあります。歴史に伝えられるところ、江戸城を築いた太田道灌はかつて戦場で若武者の首を取ったとき、いたましく思ってこれを憐れみ、こういう時こそ命が惜しいだろう、もとから無いものと思い知っていなければ、という和歌を詠んで弔いました。ところが後に道灌が讒言に遭って浴室で刺されたとき、顔色を変えず、自ら槍の柄を押さえて、昨日までままならぬ妄執を入れておいた、この取るに足らぬ袋を、今破るのか、と一首の狂歌を吟じて息絶えたといいます。道灌もまた自ら、もとから無いものと思い知っていなければ、どうしてこうできたでしょうか。立派な男の心の中には常に大らかなものがあり、凡人の一大事は勇士にとって笑い事にすぎません。ですから昔の戦では、両雄が陣に臨み、刃を交えるにあたって、なお連歌を競った例も少なくありません。

解説

太田道灌が二度出てきます。敵の若武者を弔って詠んだ歌と、自分が刺されたときに詠んだ狂歌。どちらも同じ思想で、命はもとから無いものと思っていれば惜しくない、という覚悟です。若い日に他人へ向けて詠んだ言葉を、自分の最期にそのまま生きた。言葉と生涯が一致した例として引かれています。刃を交えながら連歌を競ったという結びも、余裕としての勇を示しています。

この章句が説くこと

覚悟辞世余裕言行道灌

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