文武訓 / 武訓下
一或武人、敵と我、兩人戰ふ時のこゝろをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戰ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戰ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかゝらず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は溫厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから樂み人を愛すべし。されども、常に志をたもち氣を養ひて、義理にいさむべし。變にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
新字:一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこゝろをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかゝらず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
書き下し
一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこころをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかからず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
現代語訳
ある武人が、敵と一対一で戦うときの心を詠んだ拙い歌があります。「身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべき(身は捨てても、心だけは手放すまい。相手の動きを待ってから打つべきだ)」。その意味は、敵と戦うに臨んでは身は捨てるべきだということです。身を逃れようと思えば、心が乱れ、恐れひるんで、敵に勝つ力がなくなります。けれども心一つは失ってはいけません。敵と戦うときも、いつもどおりにして心を動かしてはいけません。こちらからむやみに掛からず、堪えて早く打ってはならず、相手の動きを待ち、その隙を見て素早く打つべきです。これが敵に勝つ道だというのです。武士となる者は、ふだんは温厚で穏やかにして、怒りを抑え、顔色を荒げてはいけません。自分で楽しみ、人を愛すべきです。けれども常に志を保ち気を養って、義理に勇むべきです。変事にあっては、ふだんの志を守って、勇ましく強い心を失ってはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下いかなる大事にのぞんでも、かたく此道を守り、心を動かすべからず。勇気をふるひおこして、強敵に俄にあひてたたかふとも、心をしづかにしてうごかすべからず。勇者は、其かうべをうしなふと此道をわすれずして、心にかなしみうれふべからず。死にのぞんでもおそるまじき理をあきらめ、平生勇気をやしなふべし。義ありて性剛強なる人は、此志をたもちやすし。柔弱なる人も、常に義をたつとび、此志を保ちて失はざるべし。士の子も、わかき時より武勇に志なければ、節にのぞんで心つたなくして恐る。四民ともに、常に気を養ひて、心をうごかさざる工夫をわするべからず。気の強弱は、人の生れつきによれども、勇にして節義を守る志は忘るべからず。勇者はおそれず。又、勇士は、其かうべをうしなふにわすれずとは、死にのぞむまで、この義を守る志をわすれずとなり。
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『五常訓』巻之二・仁之上身をころしても道理にかなへば、其心やすし。ここを以て、身をすてて仁の徳をなすとなり。不義にして命生きても、わが心の道理を失へば、生けるかひなし。是仁者の勇ある所なり。ここを以て、程子も、人必ず仁義の心有りて、而る後に仁義の気有りといへり。志は気の帥とて、心だにつよければ、気はそれに連れられてつよし。仁義の気あれば、即勇武行はる。
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『韓非子』問田第四十二臣は貪鄙の為に嚮ふに忍びず、仁智の行を傷るを敢てせず。先生は臣を幸ふの意有れども、然れども大いに臣を傷るの実有り。」
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論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
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史記 季布欒布列伝彼必ず自ら其の材を負み、故に辱めを受けて羞ぢず、其の未だ足らざる所を用ふる有らんと欲するなり、故に終に漢の名将と為る。賢者は誠に其の死を重んず。夫れ婢妾賤人の感慨して自殺する者は、能く勇なるに非ず、其の計画復た之く無きのみ。欒布の彭越を哭し、湯に趣くこと帰するが如き者は、彼誠に処る所を知り、自ら其の死を重んぜず。往古の烈士と雖も、何を以て加へんや。
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『驢鞍橋』卷上一日語て曰く、何某殿は大なる修行者ではをりないか、何たる大病を受けて死すとも、隣あるきする様に死なんと云はれたり。時に一僧云、只左様に思ひたる計りにて、修行は仕さうな人に非す。師曰、ともあれ兎角大なる修行の種は有る人也。
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