士道要論 / 士風・贅沢と弱音を戒める武士の習い
いまほど衣あらひて裸なるまゝしばらく待れよといわせたると聞けり、あまり儉に過たることなれど、むかし人の衣服飮食の好みなく武備をむねとすることをしるべし、今の士は祿多きものにても驕奢をもて身帶をすりきり、武備手薄きのみかは、身のはたらきもすくなく飮食にさへ耽る故、多くは病身となり、留飮痂氣などなき人はまれ〱にて、諸士つどひあつまる時は、某は何の病なり、某は何の病ありといふことを、寒暖のあひしらひと同じさまにいひなすをもて習はしとす、士たるものは、弱さを恥とし、痛き痒きは齒をくひしばりてもいはぬをもてたしなみとするに、かゝる習ひとなれることいとにが〱し、孔子の語に群居終日。言不及義。好行小慧。難矣哉。とのたまへり、士たるものは、友どちいあふ時はをの〱志をいひ、忠孝の道をみがき、武道の吟味をするこそ、言義に及ぶともいふべけれ、しかるにかくなまめきたる事をほこりがにいひちらして、日を送れるとは、恥もなく義もなしといふべし、されば、强毅堅忍の風になりてこそ禮義廉恥の心にも及るべけれ、士たるもの禮義廉恥のこゝろうすらがば、すゑ〱いかになり行ん、心もとなし、管子いはく、禮義廉恥。國之四維。四維不張。國則滅亡。といへり、嗚呼おそれざらめや、
新字:いまほど衣あらひて裸なるまゝしばらく待れよといわせたると聞けり、あまり倹に過たることなれど、むかし人の衣服飲食の好みなく武備をむねとすることをしるべし、今の士は禄多きものにても驕奢をもて身帯をすりきり、武備手薄きのみかは、身のはたらきもすくなく飲食にさへ耽る故、多くは病身となり、留飲痂気などなき人はまれ〱にて、諸士つどひあつまる時は、某は何の病なり、某は何の病ありといふことを、寒暖のあひしらひと同じさまにいひなすをもて習はしとす、士たるものは、弱さを恥とし、痛き痒きは歯をくひしばりてもいはぬをもてたしなみとするに、かゝる習ひとなれることいとにが〱し、孔子の語に群居終日。言不及義。好行小慧。難矣哉。とのたまへり、士たるものは、友どちいあふ時はをの〱志をいひ、忠孝の道をみがき、武道の吟味をするこそ、言義に及ぶともいふべけれ、しかるにかくなまめきたる事をほこりがにいひちらして、日を送れるとは、恥もなく義もなしといふべし、されば、強毅堅忍の風になりてこそ礼義廉恥の心にも及るべけれ、士たるもの礼義廉恥のこゝろうすらがば、すゑ〱いかになり行ん、心もとなし、管子いはく、礼義廉恥。国之四維。四維不張。国則滅亡。といへり、嗚呼おそれざらめや、
書き下し
いまほど衣あらひて裸なるまゝしばらく待れよといわせたると聞けり、あまり儉に過たることなれど、むかし人の衣服飮食の好みなく武備をむねとすることをしるべし、今の士は祿多きものにても驕奢をもて身帶をすりきり、武備手薄きのみかは、身のはたらきもすくなく飮食にさへ耽る故、多くは病身となり、留飮痂氣などなき人はまれ〱にて、諸士つどひあつまる時は、某は何の病なり、某は何の病ありといふことを、寒暖のあひしらひと同じさまにいひなすをもて習はしとす、士たるものは、弱さを恥とし、痛き痒きは齒をくひしばりてもいはぬをもてたしなみとするに、かゝる習ひとなれることいとにが〱し、孔子の語に群居終日。言不及義。好行小慧。難矣哉。とのたまへり、士たるものは、友どちいあふ時はをの〱志をいひ、忠孝の道をみがき、武道の吟味をするこそ、言義に及ぶともいふべけれ、しかるにかくなまめきたる事をほこりがにいひちらして、日を送れるとは、恥もなく義もなしといふべし、されば、强毅堅忍の風になりてこそ禮義廉恥の心にも及るべけれ、士たるもの禮義廉恥のこゝろうすらがば、すゑ〱いかになり行ん、心もとなし、管子いはく、禮義廉恥。國之四維。四維不張。國則滅亡。といへり、嗚呼おそれざらめや、
現代語訳
「ちょうど今、衣を洗って裸でいますので、しばらくお待ちください」と言わせた、と聞いています。倹約が過ぎるとはいえ、昔の人が衣服や飲食に好みを持たず、武備を第一にしていたことが分かります。今の武士は禄が多い者でも、奢りで身代を使い果たし、武備が手薄なだけでなく、体を動かすことも少なく飲食にまで耽るので、多くは病身となり、留飲や痂気などの持病がない人はまれです。集まれば、だれそれは何の病、だれそれは何の病があると、寒さ暑さの挨拶と同じ調子で言い合うのが習慣になっています。武士は弱さを恥とし、痛い、かゆいは歯を食いしばっても口にしないのをたしなみとするのに、こうした習慣になっているのはまことに苦々しいことです。孔子の言葉に「群居して終日、言、義に及ばず、好んで小慧を行う。難いかな」(仲間と一日中集まっても話が義に及ばず、小賢しいことばかり好むのは、救いがたい)とあります。武士は友と会えば、それぞれの志を語り、忠孝の道を磨き、武道を吟味してこそ、言が義に及ぶと言えるでしょう。それなのに、こうした軟弱なことを得意げに言い散らして日を送るのは、恥も義もないと言うべきです。強く、堅く耐える風になってこそ、礼義廉恥の心にも及ぶのです。武士が礼義廉恥の心を薄れさせたなら、行く末はどうなっていくのか、心もとないことです。管子は「礼義廉恥は国の四維(国を支える四つの綱)である。四維が張られなければ、国は滅亡する」と言っています。ああ、恐れずにいられましょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」

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