士道要論 / 士風・自ら働いて蓄え、人馬の備えを厚くする
身の健なるのみならず、儉素をも守りて家道も饒になりゆき、はては武器の用意も手あつかるべし、士たるもの武器の用意はいふまでもなく、人をも馬をもことかゝぬ用意あらまほし、いかほど武勇ありとも一身にては功をなしがたし、いにしへより功名いちじるしき者は、多くはよき馬よき郎黨の力によるなれば、分にすぎても人馬の用意ありたきものなり、井伊直孝ぬし放鷹の時にやありけん、小身の士の家によきおのこの、ふとき馬をあらひ居たるをみて、大きにめで玉ひ祿をましたびたりとなん、むかしはかく上下ともに武備をもつぱらとしければ、五十石にても、士といわんかぎりは大方は馬持なりとぞきけり、西士にても周の世は文をたつとぶといへど武備もなを手あつし、禮記に大夫の富をとへば、車馬をかぞへて對ふといへり、又大夫は百乘、諸侯は千乘、天子は萬乘などすべて軍役をもていへること、今の何千石何萬石と米穀の高をもていへるが如し、武備の手あつきことをしるべし、むかしは士たらんものは、衣服飮食の費をいたくはぶき、もぱら武備の用意をもてたしなみとしゝかば、いづれも儉素なりし、瀧川一益關東管領となり、八州諸士のかしらなりしかど着がへの衣さへなかりしにや、ある時客人の來りしに、
新字:身の健なるのみならず、倹素をも守りて家道も饒になりゆき、はては武器の用意も手あつかるべし、士たるもの武器の用意はいふまでもなく、人をも馬をもことかゝぬ用意あらまほし、いかほど武勇ありとも一身にては功をなしがたし、いにしへより功名いちじるしき者は、多くはよき馬よき郎党の力によるなれば、分にすぎても人馬の用意ありたきものなり、井伊直孝ぬし放鷹の時にやありけん、小身の士の家によきおのこの、ふとき馬をあらひ居たるをみて、大きにめで玉ひ禄をましたびたりとなん、むかしはかく上下ともに武備をもつぱらとしければ、五十石にても、士といわんかぎりは大方は馬持なりとぞきけり、西士にても周の世は文をたつとぶといへど武備もなを手あつし、礼記に大夫の富をとへば、車馬をかぞへて対ふといへり、又大夫は百乗、諸侯は千乗、天子は万乗などすべて軍役をもていへること、今の何千石何万石と米穀の高をもていへるが如し、武備の手あつきことをしるべし、むかしは士たらんものは、衣服飲食の費をいたくはぶき、もぱら武備の用意をもてたしなみとしゝかば、いづれも倹素なりし、滝川一益関東管領となり、八州諸士のかしらなりしかど着がへの衣さへなかりしにや、ある時客人の来りしに、
書き下し
身の健なるのみならず、儉素をも守りて家道も饒になりゆき、はては武器の用意も手あつかるべし、士たるもの武器の用意はいふまでもなく、人をも馬をもことかゝぬ用意あらまほし、いかほど武勇ありとも一身にては功をなしがたし、いにしへより功名いちじるしき者は、多くはよき馬よき郎黨の力によるなれば、分にすぎても人馬の用意ありたきものなり、井伊直孝ぬし放鷹の時にやありけん、小身の士の家によきおのこの、ふとき馬をあらひ居たるをみて、大きにめで玉ひ祿をましたびたりとなん、むかしはかく上下ともに武備をもつぱらとしければ、五十石にても、士といわんかぎりは大方は馬持なりとぞきけり、西士にても周の世は文をたつとぶといへど武備もなを手あつし、禮記に大夫の富をとへば、車馬をかぞへて對ふといへり、又大夫は百乘、諸侯は千乘、天子は萬乘などすべて軍役をもていへること、今の何千石何萬石と米穀の高をもていへるが如し、武備の手あつきことをしるべし、むかしは士たらんものは、衣服飮食の費をいたくはぶき、もぱら武備の用意をもてたしなみとしゝかば、いづれも儉素なりし、瀧川一益關東管領となり、八州諸士のかしらなりしかど着がへの衣さへなかりしにや、ある時客人の來りしに、
現代語訳
身が健やかになるだけでなく、倹素をも守って家の暮らしも豊かになり、ついには武器の備えも手厚くなるでしょう。士たる者は武器の備えは言うまでもなく、人も馬も事欠かない用意があってほしいものです。どれほど武勇があっても一身では功を立てがたいのです。昔から功名の著しい者は、多くは良い馬と良い郎党の力によりますから、分に過ぎても人馬の用意をしたいものです。井伊直孝殿が鷹狩りの時であったか、小身の士の家で、立派な男が太い馬を洗っているのをご覧になって、大いに感心され、禄を増し与えたということです。昔はこのように上下ともに武備を第一としていたので、五十石でも、士というかぎりはたいていは馬持ちであったと聞いています。中国でも周の世は文を尊んだといっても武備はなお手厚く、『礼記』に大夫の富を問われると、車馬を数えて答えるとあります。また大夫は百乗、諸侯は千乗、天子は万乗などと、すべて軍役で言うのは、今の何千石・何万石と米穀の高で言うのと同じです。武備の手厚いことが分かります。昔は士たる者は、衣服や飲食の費用を大いに切りつめ、もっぱら武備の用意をたしなみとしていたので、みな倹素でした。滝川一益は関東管領となり、八州の諸士の頭でしたが、着替えの衣さえなかったのでしょうか、ある時客人が来たので、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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