士道心得書 / 作法は嚴重に
嚴重を要とす。行住座臥に威儀を正敷、行儀作法を能愼て、卑賤のもの、振舞をなし、座すに曲り、行に不亂、臥すに死人の臥したる如く、作法の正しからざるは、士として有間敷事也。能心得ずんば不可有。
新字:厳重を要とす。行住座臥に威儀を正敷、行儀作法を能慎て、卑賤のもの、振舞をなし、座すに曲り、行に不乱、臥すに死人の臥したる如く、作法の正しからざるは、士として有間敷事也。能心得ずんば不可有。
書き下し
嚴重を要とす。行住座臥に威儀を正敷し、行儀作法を能く愼みて、卑賤のもの、振舞をなし、座すに曲り、行くに亂れ、臥すに死人の臥したる如く、作法の正しからざるは、士として有るまじき事なり。能く心得ずんば有るべからず。
現代語訳
厳重であることを要とします。歩く、止まる、座る、寝るという日常の動作すべてに威儀を正しくし、行儀作法をよく慎みなさい。卑しい者のような振る舞いをして、座れば姿勢が曲がり、歩けば乱れ、寝れば死人が横たわったようで、作法が正しくないのは、士としてあってはならないことです。よく心得ていなければなりません。
解説
作法は厳重にという短い章で、日常の立ち居振る舞いの乱れを士として許されないとします。形を正すことで心を正すという東洋的な発想がうかがえます。ここでの厳重さは、威圧ではなく、いつでも整った状態を保つ自己規律の意味でしょう。現代の管理職も、姿勢、身だしなみ、会議での態度、机の周りなどの小さな乱れが、周囲の信頼や緊張感に影響します。細部の乱れを放置せず、日常の基本動作を整える習慣が、判断の質にも波及します。
この章句が説くこと
作法威儀行住座臥自己規律形から入る身だしなみ
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