説苑 / 說叢
夫小快害義,小慧害道,小辨害治,苟心傷德,大政不險。蛟龍雖神,不能以白日去其倫;飄風雖疾,不能以陰雨揚其塵。邑名勝母,曾子不入;水名盜泉,孔子不飲,醜其聲也。婦人之口可以出走,婦人之喙可以死敗。
新字:夫小快害義,小慧害道,小弁害治,苟心傷徳,大政不険。蛟竜雖神,不能以白日去其倫;飄風雖疾,不能以陰雨揚其塵。邑名勝母,曽子不入;水名盗泉,孔子不飲,醜其声也。婦人之口可以出走,婦人之喙可以死敗。
書き下し
夫れ小快は義を害し、小慧は道を害し、小辨は治を害す。苟しくも心德を傷めば、大政險ならず。蛟龍神なりと雖も、白日を以て其の倫を去る能わず。飄風疾しと雖も、陰雨を以て其の塵を揚ぐる能わず。邑の名勝母には、曾子入らず。水の名盜泉には、孔子飲まず。其の聲を醜めばなり。婦人の口は以て走を出だすべく、婦人の喙は以て死敗すべし。
現代語訳
そもそも小さな快楽は道義を害し、小さな知恵は大道を害し、小さな弁舌は統治を害する。もし心が徳を傷つけるようなことがあれば、大きな政治は危うくなる。蛟龍は神秘的な力を持つといえども、白昼にその本性(仲間)を明かすことはできない。つむじ風は激しくとも、しとしと降る雨のように塵を巻き上げることはできない。「勝母」という名の邑には曾子は足を踏み入れず、「盜泉」という名の水は孔子は飲まなかった。それはその名の響きを恥じたからである。女性の口は人を出奔させることもでき、女性の言葉は人を死や破滅に至らせることもある。
解説
目先の快楽・小知恵・小弁舌が、義・道・治という大きな価値を蝕むという警句から始まり、名前の持つ象徴性への潔癖さ、そして言葉の持つ破壊力へと展開する多層的な章である。特に「小快は義を害し、小慧は道を害し、小辨は治を害す」は、小さな妥協や小手先の器用さが、積み重なって大きな道理を損なうという構造を鋭く見抜いている。名前を忌避した曾子・孔子の逸話は、些細な体裁にまで心を配る自己規律の徹底を示す。現代でも、小さな不正や口先の弁舌に頼る習慣が、やがて大きな信用を損なう遠因となることを忘れてはならない。
この章句が説くこと
小快小慧自己規律言葉の力
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