士道心得書 / 剛強を體とする
威勇剛强を以て體とす。曾子曰、士不可以不剛毅。云云。我朝往古は公家より天下の政道を司る。然れ共其身柔弱成に依て、世に禍亂止時なし。其後賴朝卿より以來、其政道を武家に司るに依て、剛强勇猛に恐れ、世に逆亂の志をおさむ。是武威に服するにあらずや。當時の武士を見るに、諸侯大夫より輕士に至る迄、治平の德化を蒙り、公家婦人の如くに成行、荒き風にも不當、手足を柔に育、其上心にも武道を忘れ、當世の慰のみに泥み、自國の成敗、家中の仕置も、文育成る家人に任せて、得手勝手に仕置なし、家中の怨も百姓の痛も不顧、唯己が心の儘に、我意をのみ振舞也、武士たるものは、元來殺伐を司る家に生れ、手足丈夫に、山川海河事ともせず、寒暑夜月に身を鍛、何連にも剛情成可に、當時の士は主將士共に顏の色白く、足の裏和らかに、其上足袋をはき、頭巾をかぶり、形は士にて、體は公卿、心は女子の如し。危哉。能可心得。剛强を以て體とし、丈夫を以て心とすべき事也。
新字:威勇剛強を以て体とす。曽子曰、士不可以不剛毅。云云。我朝往古は公家より天下の政道を司る。然れ共其身柔弱成に依て、世に禍乱止時なし。其後頼朝卿より以来、其政道を武家に司るに依て、剛強勇猛に恐れ、世に逆乱の志をおさむ。是武威に服するにあらずや。当時の武士を見るに、諸侯大夫より軽士に至る迄、治平の徳化を蒙り、公家婦人の如くに成行、荒き風にも不当、手足を柔に育、其上心にも武道を忘れ、当世の慰のみに泥み、自国の成敗、家中の仕置も、文育成る家人に任せて、得手勝手に仕置なし、家中の怨も百姓の痛も不顧、唯己が心の儘に、我意をのみ振舞也、武士たるものは、元来殺伐を司る家に生れ、手足丈夫に、山川海河事ともせず、寒暑夜月に身を鍛、何連にも剛情成可に、当時の士は主将士共に顔の色白く、足の裏和らかに、其上足袋をはき、頭巾をかぶり、形は士にて、体は公卿、心は女子の如し。危哉。能可心得。剛強を以て体とし、丈夫を以て心とすべき事也。
書き下し
威勇剛强を以て體とす。曾子曰く、士は以て剛毅ならざるべからず、云云。我が朝往古は公家より天下の政道を司る。然れ共其の身柔弱成るに依りて、世に禍亂止む時なし。其の後賴朝卿より以來、其の政道を武家に司るに依りて、剛强勇猛に恐れ、世に逆亂の志をおさむ。是れ武威に服するにあらずや。當時の武士を見るに、諸侯大夫より輕士に至る迄、治平の德化を蒙り、公家婦人の如くに成り行き、荒き風にも當らず、手足を柔らかに育て、其の上心にも武道を忘れ、當世の慰みのみに泥み、自國の成敗、家中の仕置も、文育成る家人に任せて、得手勝手に仕置なし、家中の怨みも百姓の痛みも顧みず、唯だ己が心の儘に、我意をのみ振舞ふなり、武士たるものは、元來殺伐を司る家に生まれ、手足丈夫に、山川海河事ともせず、寒暑夜月に身を鍛へ、何れにも剛情成るべきに、當時の士は主將士共に顏の色白く、足の裏和らかに、其の上足袋をはき、頭巾をかぶり、形は士にて、體は公卿、心は女子の如し。危ふいかな。能く心得べし。剛强を以て體とし、丈夫を以て心とすべき事なり。
現代語訳
威厳と勇気と剛強をもって士の身体(あり方)とします。曾子は、士は剛毅でなければならない、と言いました。わが国の昔は、公家が天下の政治を司っていました。しかし公家は柔弱であったため、世の乱れが止むときがありませんでした。その後、頼朝以来、政治を武家が司るようになり、人々は武家の剛強さを恐れて、世の謀反の志を収めました。これは武威に服したからではないでしょうか。ところが今の武士を見ると、大名や家老から下級武士に至るまで、泰平の恵みに浸って公家や婦人のようになり、荒い風にも当たらず手足を柔らかく育て、心の中でも武道を忘れ、今の世の楽しみにばかりふけり、領国の裁きや家中の取り締まりも、文弱に育った家来に任せて好き勝手にやらせ、家中の恨みも百姓の苦しみも顧みず、ただ自分の思いのままにわがままを振る舞っています。武士とは本来、殺伐を司る家に生まれ、手足は丈夫で、山も川も海も物ともせず、寒さ暑さや夜の中で身を鍛え、どこまでも剛直であるべきなのに、今の士は主君も将も士も顔色は白く、足の裏は柔らかく、そのうえ足袋をはき頭巾をかぶり、形は士でも体は公家、心は女子のようです。危ういことです。よくよく心得なさい。剛強を体とし、丈夫を心とすべきなのです。
解説
この章句が説くこと
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