酔古堂剣掃 / 集峭・舌存して齒の亡ぶるを見る
舌存,常見齒亡,剛強終不勝柔弱;戶朽,未聞樞蠹,偏執豈及圓融。
新字:舌存,常見歯亡,剛強終不勝柔弱;戸朽,未聞枢蠹,偏執豈及円融。
書き下し
舌は存して、常に齒の亡ぶるを見る、剛強は終に柔弱に勝たず;戶は朽つれども、未だ樞の蠹するを聞かず、偏執は豈に圓融に及ばんや。
現代語訳
舌は残っているのに、歯のほうが先になくなるのをいつも見ます。剛く強いものは結局、柔らかく弱いものに勝てないのです。戸は朽ちても、その開き戸の軸が虫に食われたという話は聞いたことがありません。一方に偏ってこだわることが、どうして円く融通がきくことに及ぶでしょうか。
解説
柔らかさと融通が、剛さと頑なさにまさることを、身近な二つのたとえで示した対句です。前半は、老子が師の常摐から、硬い歯は抜け落ちても柔らかい舌は残るという教えを受けたという『説苑』の話を踏まえ、『老子』の「柔弱は剛強に勝つ」の思想と響き合います。後半は、『呂氏春秋』の「流水は腐らず、戸枢は蠹まず」を踏まえ、いつも動いている扉の軸は虫に食われないと言います。樞は開き戸の回転軸、蠹は虫食いです。固く偏ったものは折れ、しなやかに動くものは長持ちするのです。意見の対立や変化の多い職場では、硬さより柔らかさ、こだわりより融通が、結局は自分を守ることにもなります。
この章句が説くこと
柔弱円融老子処世柔軟
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