啓発録 / 振氣
然ル處太平久敷打續キ士風柔弱佞媚ニ陷リ武門ニ生レナガラ武道ヲ忘却致シ位ヲ望ミ女色ヲ好ミ利ニ走リ勢ニ附ク事ノミニフケリ候處ヨリ右ノ人ニ負ヌ恥辱ノコトハ堪ヘズト申ス雄々シキ丈夫ノ心クダケナマリテ腰ニコソ兩刀ヲ帶スレ太物包ヲカツギタル商人樽ヲ荷セタル、樽ヒロイヨリモオトリテ纔ニ雷ノ聲ヲ聞キ犬ノ吠ユルヲ聞テモ卻歩スル事トハ成ニケリ偖々可嘆之至ニコソ
新字:然ル処太平久敷打続キ士風柔弱佞媚ニ陥リ武門ニ生レナガラ武道ヲ忘却致シ位ヲ望ミ女色ヲ好ミ利ニ走リ勢ニ附ク事ノミニフケリ候処ヨリ右ノ人ニ負ヌ恥辱ノコトハ堪ヘズト申ス雄々シキ丈夫ノ心クダケナマリテ腰ニコソ両刀ヲ帯スレ太物包ヲカツギタル商人樽ヲ荷セタル、樽ヒロイヨリモオトリテ纔ニ雷ノ声ヲ聞キ犬ノ吠ユルヲ聞テモ却歩スル事トハ成ニケリ偖々可嘆之至ニコソ
書き下し
然る処、太平久敷打続き、士風柔弱佞媚に陥り、武門に生れながら武道を忘却致し、位を望み、女色を好み、利に走り、勢に附く事のみにふけり候処より、右の人に負ぬ恥辱のことは堪へずと申す雄々しき丈夫の心くだけなまりて、腰にこそ両刀を帯すれ、太物包をかつぎたる商人、樽を荷せたる、樽ひろいよりもおとりて、纔に雷の声を聞き、犬の吠ゆるを聞ても、却歩する事とは成にけり。偖々可嘆之至にこそ。
現代語訳
ところが、太平が久しく続き、士風が柔弱になって媚びへつらいに陥り、武家に生まれながら武道を忘れ、地位を望み、女色を好み、利に走り、勢いに付くことばかりにふけったために、人に負けない、恥辱には堪えられないという雄々しい男子の心が砕けて鈍りました。腰にこそ両刀を帯びていますが、太物の包みを担いだ商人や、樽を背負わされた樽拾いよりも劣って、わずかに雷の音を聞き、犬の吠えるのを聞いても後ずさりするようになってしまいました。まことに嘆かわしいかぎりです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』喻老第二十一勾践、呉に入宦し、身づから干戈を執りて呉王の為に洗馬す、故に能く夫差を姑蘇に殺す。文王、王門に詈られて、顔色変ぜず、而して武王、紂を牧野に擒にす。故に曰く、「柔を守るを強と曰ふ」と。越王の霸たるや宦を病まず、武王の王たるや詈を病まず。故に曰く、「聖人の病まざるや、其の病まざるを以て、是を以て病無きなり」と。宋の鄙人、璞玉を得て之を子罕に献ず。子罕受けず。鄙人曰く、「此れ宝なり、宜しく君子の器と為すべし、宜しく細人の用と為すべからず」と。子罕曰く、「爾は玉を以て宝と為し、我は子の玉を受けざるを以て宝と為す」と。是れ鄙人は玉を欲して、子罕は玉を欲せず。故に曰く、「不欲を欲して、得難きの貨を貴ばず」と。王寿、書を負ひて行き、徐馮に周の塗に見ゆ。馮曰く、「事は為なり。為は時に生じ、知者は常事無し。書は言なり。言は知に生じ、知者は書を蔵せず。今子何ぞ独り之を負ひて行く」と。是に於て王寿因りて其の書を焚きて之に舞ふ。故に知者は言談を以て教へず、慧者は書を以て篋に蔵せず。此れ世の過る所なり、而るに王寿之に復る、是れ学ばざるを学ぶなり。故に曰く、「学ばざるを学び、衆人の過る所に復帰す」と。夫れ物には常容有り、因りて乗じて以て之を導く。物の容に因随す、故に静なれば則ち徳に建ち、動けば則ち道に順ふ。宋人に其の君の為に象を以て楮葉を為る者有り、三年にして成る。豊殺茎柯、毫芒繁沢、之を楮葉の中に乱して別つべからざるなり。此の人遂に功を以て宋邦に食禄す。列子之を聞きて曰く、「天地をして三年にして一葉を成さしめば、則ち物の葉有る者寡なからん」と。故に天地の資に乗ぜずして一人の身に載せ、道理の数に随はずして一人の智を学ぶ、此れ皆一葉の行なり。
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老子・第76章人の生くるや柔弱、其の死するや堅強なり。万物草木の生くるや柔脆、其の死するや枯槁たり。故に堅強なる者は死の徒、柔弱なる者は生の徒なり。是を以て兵強ければ則ち勝たず、木強ければ則ち兵らる。強大は下に処り、柔弱は上に処る。
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『酔古堂剣掃』集峭・舌存して齒の亡ぶるを見る舌は存して、常に齒の亡ぶるを見る、剛強は終に柔弱に勝たず;戶は朽つれども、未だ樞の蠹するを聞かず、偏執は豈に圓融に及ばんや。
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