呻吟語 / 内篇・修身・積寬して柔と成る
竊歎近來世道,在上者積寬成柔,積柔成怯,積怯成畏,積畏成廢;在下者積慢成驕,積驕成怨,積怨成橫,積橫成敢。
新字:竊嘆近来世道,在上者積寛成柔,積柔成怯,積怯成畏,積畏成廃;在下者積慢成驕,積驕成怨,積怨成横,積横成敢。
書き下し
竊かに近來の世道を歎ず。上に在る者は寬を積みて柔と成り、柔を積みて怯と成り、怯を積みて畏と成り、畏を積みて廢と成る。下に在る者は慢を積みて驕と成り、驕を積みて怨と成り、怨を積みて橫と成り、橫を積みて敢と成る。
現代語訳
ひそかに近ごろの世の道を嘆いています。上に立つ者は寛大さを積んで柔弱となり、柔弱を積んで臆病となり、臆病を積んで怯えとなり、怯えを積んで無為となりました。下にいる者は侮りを積んで驕りとなり、驕りを積んで怨みとなり、怨みを積んで横暴となり、横暴を積んで何でもするようになりました。
解説
上と下の崩れ方を、それぞれ四段の連鎖で描きます。上は寛大さから始まって無為に終わり、下は侮りから始まって何でもする段に終わる。どちらも最初の一歩は小さく、悪意もありません。寛大さが出発点になっているのが恐ろしいところで、良い性質が段階を踏んで崩壊に至る過程が、八つの言葉で追跡されています。良い性質が段階を踏んで崩壊に至る過程が追跡されています。
この章句が説くこと
寛大柔弱驕り連鎖崩壊
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