司馬法 / 定爵
凡戰,智也,鬬,勇也,陳,巧也。
新字:凡戦,智也,闘,勇也,陳,巧也。
書き下し
凡そ戦いは、智なり。闘うは、勇なり。陳(じん)は、巧なり。
現代語訳
およそ戦(全体の計画)は智によるものである。闘い(刃を交えること)は勇によるものである。陣(を布くこと)は技巧によるものである。
解説
戦・闘・陳の三つを、それぞれ智・勇・巧に割り当てた短い句である。戦とは全体の計画と判断であり、闘とは実際に刃を交える局面、陳とは部隊を配置し布陣する技術を指す。同じ戦いの中でも、局面ごとに求められる力が違うことをはっきりさせている。この後に、兵たちが望むことを用い、できることを行わせ、望まないことやできないことはやめさせ、敵に対してはその逆をせよ、という句が続く。孫子が智を最も重んじるのに対し、司馬法は智・勇・巧を並べて役割を分けて考えている。仕事でも、戦略を描く力、現場で踏ん張る力、段取りを組む力は別物である。一人の人にすべてを求めるより、局面に応じて誰のどの力を生かすかを考えることが、チームを強くする。
関連する章句
-
司馬法・嚴位凡そ戦いは、勝てば則ち衆と善を分かつ。
-
司馬法・嚴位凡そ戦いは、其の微静を撃ち、其の強静を避く。其の倦労を撃ち、其の閑窕を避く。其の大懼を撃ち、其の小懼を避く。
-
司馬法・嚴位凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
-
司馬法・嚴位凡そ戦いの道は、教約なれば人死を軽んじ、道約なれば人正に死す。凡そ戦いは、勝つが若く否ざるが若く、天の若く人の若し。凡そ戦いは、三軍の戒めは、三日を過ぐること無く、一卒の警めは、分日を過ぐること無く、一人の禁は、皆息(いこ)うを過ぐること無し。
-
司馬法・定爵敵に於いては是に反す。凡そ戦いには、天有り、財有り、善有り。時日遷らず、亀勝ち微(ひそ)かに行く、是れを有天と謂う。衆有り、有(もの)因りて美を生ず、是れを有財と謂う。人陳に習いて利あり、物を極めて以て豫(あらかじ)めす、是れを有善と謂う。人勉めて任に及ぶ、是れを楽人と謂う。大軍以て固く、多力以て煩(わずら)わしくし、物に堪えて簡治し、物を見て卒に応ず、是れを行豫と謂う。軽車軽徒、弓矢もて固く禦ぐ、是れを大軍と謂う。密に、静かに、内力多し、是れを固陳と謂う。是に因りて進退す、是れを多力と謂う。上暇にして人教う、是れを煩陳と謂う。然して職を以てする有り、是れを堪物と謂う。是に因りて物を弁ず、是れを簡治と謂う。衆を称(はか)り、地に因り、敵に因りて、陳を令す。攻め、戦い、守り、進み、退き、止まり、前後序あり、車徒因る、是れを戦参と為す。服せず、信ぜず、和せず、怠り、疑い、厭い、懾(おそ)れ、枝柱し、詘(くっ)し、頓(つまず)き、肆(ほしいまま)にし、崩れ、緩む、是れを戦患と謂う。驕驕、懾懾、吟曠、虞懼、事悔、是れを毀折と謂う。大小、堅柔、参伍、衆寡、凡そ両、是れを戦権と謂う。凡そ戦いは、遠きを間し、邇(ちか)きを観、時に因り、財に因り、信を貴び、疑いを悪む。兵を作すは義、事を作すは時、人を使うは恵。敵を見ては、静かに、乱を見ては、暇(ゆと)りあり、危難を見ては、其の衆を忘るること無かれ。
-
司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る