武士道 / 第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死す
されど生くべき時に生き、死すべき時に死するは眞の勇なり』と又た泰西の識者の、肉體の勇と道德の勇とを區別するが如きは、我國人も亦た夙に之を爲す。苟も士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを辨知せざるものなかりしならん剛毅、太膽、自若、勇猛の德性は、靑年武士の嚮往する所にして、彼等は實例に則り、實行に由り世の最も尊尙する此德を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の兒童と雖、尙ほ母の懷に在りて、武功譚、英雄物語に耳を歌て、若し苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、繼ぐに『戰塲に出でゝ、腕を斷たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
新字:されど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦た夙に之を為す。苟も士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん剛毅、太胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、尚ほ母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を歌て、若し苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦塲に出でゝ、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
書き下し
されど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
現代語訳
しかし生きるべき時に生き、死ぬべき時に死ぬのが真の勇である、と。また西洋の識者が肉体の勇と道徳の勇を区別するように、わが国の人も早くからそれを行ってきました。仮にも武士の列にある者は、幼いころから大勇と匹夫の勇を見分けない者はなかったでしょう。剛毅、大胆、平静、勇猛の徳性は青年武士の目指すところで、彼らは実例に倣い、実行によって、世が最も尊ぶこの徳を磨き、人に遅れまいと努めました。乳飲み子であっても、まだ母の懐にいるうちから武功の話や英雄の物語に耳を傾け、もし痛みを訴えて泣けば、母は、少しの痛みで泣くのは卑怯者だ、と叱り、続けて、戦場に出て腕を断たれたらどうする、切腹を命じられたらどうする、などと言い添えたのです。
解説
この章句が説くこと
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