司馬法 / 定爵
將軍身也,卒支也,伍指拇也。
新字:将軍身也,卒支也,伍指拇也。
書き下し
将は身なり、卒は支(し)なり、伍は指拇(しぼ)なり。
現代語訳
将軍は身体であり、兵卒は手足であり、伍(五人組の最小単位)は指先である。
解説
司馬法は軍全体をひとつの身体にたとえ、将を頭、兵卒を手足、最小単位の伍を指先に位置づける。頭が動こうとしても指先まで意思が届かなければ組織は機能せず、逆に指先だけが張り切っても全体の動きにはならない。これは会社のチームや家庭の役割分担にも通じる見方であり、自分が今どの部位として働いているかを意識すると、動くべき場面と控えるべき場面の判断がつきやすくなる。全体との連動を欠いた個の頑張りは、しばしば力を空転させる。
この章句が説くこと
組織身体連動
関連する章句
-
言志四録・南洲手抄三軍和せずば、以て戦を言ひ難し。百官和せずば、以て治を言ひ難し。書に云ふ、寅を同じうし恭を協せ和衷せよやと。唯だ一の和字、治乱を一串す。
-
李衛公問対・卷上兵卒に制有れば、庸将と雖も未だ敗れず。若し兵卒自ら乱るれば、賢将と雖も之を危うくす、又た何ぞ疑わんや。
-
孫子・始計篇一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。
-
言志四録・南洲手抄信上下に孚す、天下甚だ処し難き事無し。
-
二宮翁夜話・巻之五老中某侯(ぼうこう)の家臣、市中にて云々の横行あり、横山平太之を誹(そし)る、翁(おきな)曰(いわ)く、執政は政事(まつりごと)の出る処、国家を正(ただ)しうして、不正無からしむるの職(しょく)なるに其家僕(かぼく)其威(い)をかりて、不正を行ふ者往々あり、譬(たと)へば町奉行の奴僕(ぬぼく)等、両国浅草等に出る、予が法皮(はっぴ)を見よなどゝ罵(ののし)るに同じ、国を正しうする者、家を正しうする事能(あた)はざるが如しといへども、是家政の届(とど)かざるにあらず、勢(いきおい)の然らしむる物なり、彼(か)の河水を見よ、水の卑(ひ)きに下るの勢、政事の国家に行はれて置郵伝命(ちゆうでんめい)より速(すみやか)なるが如し、而(しか)て水流急にして、或は岩石に当り、石倉に当る処、急流変(へん)じて逆流となる物なり、夫(それ)老中の権威(けんい)は、譬へば急流の水勢防(ふせ)ぐべからざるに同じ、家僕等法を犯す者あるは、急流の当る処逆流となるが如し、是自然に然(しか)らざるを得ざる物なり、咎(とが)むる事勿(なか)れ。
-
葉隠・聞書第二御側(おそば)の奉公は、成るべく差出(さしい)でざる様に、ぶらぶらとして年を重ね、自然(しぜん)と御用(ごよう)に立つ基(もとい)と存じ奉り候。一家(いっか)の内の様なればなり。外様(とざま)の奉公は、それにては追附(おいつ)かず、随分(ずいぶん)油断(ゆだん)なく心掛け、上(かみ)たる人の目にも附く心持あるなり。