司馬法 / 天子之義
古者戍兵三年不興,覩民之勞也。
新字:古者戍兵三年不興,覩民之労也。
書き下し
古者(いにしえ)は戍兵(じゅへい)を三年興さず、民の労を覩(み)ればなり。
現代語訳
昔は国境の守備兵を三年間は新たに徴発しなかった、それは民の労苦を見て取っていたからである。
解説
昔は国境を守る兵役を三年間は新たに課さなかった、それは民の労苦を見て取っていたからだという句である。人を長く働かせ続けることが可能かどうかではなく、そこにかかる負担の大きさを見極めたうえで、あえて間を置くという判断が示されている。人を使う立場にある者が、目の前の必要だけでなく相手の消耗にどれだけ目を配れるかが問われる教えとして、現代の働き方にも通じる。
この章句が説くこと
労苦配慮持続可能性
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