司馬法 / 天子之義
天子之義,必純取灋天地,而觀於先聖。士庶之義,必奉於父母,而正於君長。
新字:天子之義,必純取灋天地,而観於先聖。士庶之義,必奉於父母,而正於君長。
書き下し
天子の義は、必ず純(もっぱ)ら法を天地に取りて、先聖に観る。士庶の義は、必ず父母に奉じて、君長に正す。
現代語訳
天子の義(なすべき道)は、必ずひたすら天地に法をとり、昔の聖人に照らして学ぶことである。士や庶民の義は、必ず父母に仕え、主君や長上によって正されることである。
解説
天子之義篇の冒頭で、身分に応じて何を拠りどころとするかを定めている。天子は天地を手本とし、先の聖人の事績に照らして自らを律する。士や庶民は父母に仕え、君主や上役によって行いを正される。上に立つ者ほど、仰ぐべき手本が人ではなく天地や歴史へと大きくなる並べ方が興味深い。この後に、明君がいても士をあらかじめ教えなければ用いることはできない、という句が続き、篇全体が教化から軍の運用へと展開していく。儒家の孝や礼と重なる内容だが、司馬法はそれを軍を動かす前提として置く点が特徴である。リーダーには、自分より上の人に褒められるかではなく、もっと大きな基準で自分を測る姿勢が求められるということでもある。
関連する章句
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司馬法・天子之義兵を交え刃を致すと雖も、徒は趨(はし)らず、車は馳せず、奔るを逐うに列を踰えず、是を以て乱れず。軍旅の固きは、行列の政を失わず、人馬の力を絶たず、遅速誡命を過ぎず。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず。軍容国に入れば則ち民の徳廃れ、国容軍に入れば則ち民の徳弱し。故に
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司馬法・天子之義古の民を教うるや、必ず貴賤の倫経を立て、相陵(しの)がざらしむ。徳義相踰えず、材技相掩わず、勇力相犯さず。故に力同じくして意和す。古は、国容は軍に入らず、軍容は国に入らず、故に徳義相踰えず。上は伐(ほこ)らざるの士を貴ぶ、伐らざるの士は、上の器なり。苟(いやしく)も伐らざれば則ち求むること無く、求むること無ければ則ち争わず。国中の聴は、必ず其の情を得、軍旅の聴は、必ず其の宜を得、故に材技相掩わず。命に従うを士の上賞と為し、命を犯すを士の上戮と為す、故に勇力相犯さず。既に其の民を教うるを致し、然る後に謹んで選びて之を使う。事極めて修まれば則ち百官給(た)る。
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司馬法・天子之義上(かみ)、徳を尊ばずして詐慝(さとく)に任じ、道を尊ばずして勇力に任じ、命に用うるを貴ばずして命を犯すを貴び、善行を貴ばずして暴行を貴べば、
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司馬法・天子之義軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂(すす)みて果たし、介者は拝せず、兵車は式せず、城上は趨らず、危事は歯(よわい)せず。故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。古は、賢王民の徳を明らかにし、民の善を尽くす、故に廃徳無く、簡民無く、賞は生ずる所無く、罰は試みる所無し。有虞氏は賞せず罰せずして民用うべし、至徳なり。夏は賞して罰せず、至教なり。殷は罰して賞せず、至威なり。周は賞罰を以てす、徳衰うるなり。
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司馬法・天子之義故に明君ありと雖も、士を先ず教えざれば、用うべからざるなり。
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司馬法・仁本天下既に平らぎ、天子大いに愷(がい)し、春は蒐(しゅう)し秋は獮(せん)す。諸侯は春に旅を振い、秋に兵を治む。戦を忘れざる所以なり。古は、奔るを逐うこと百歩を過ぎず、綏(すい)を縦(お)うこと三舎を過ぎず、是を以て其の礼を明らかにす。不能を窮めずして傷病を哀憐す、是を以て其の義を明らかにす。列を成して皷(こ)す、是を以て其の信を明らかにす。
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