司馬法 / 仁本
爭義不爭利,是以明其義也;
新字:争義不争利,是以明其義也;
書き下し
義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
現代語訳
利益ではなく道義を争う、そうすることでその義が明らかになるのである。
解説
利益ではなく道義のために争ってこそ、その争いの正しさが明らかになるという一句である。何かを主張したり競い合ったりする場面で、動機が私利にあるのか筋の通った理由にあるのかによって、その行為の意味は大きく変わってくる。勝ち負け以前に、自分が何のために争っているのかを見つめ直すことを促す教えとして、仕事や人間関係の摩擦にも応用できる。

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義利動機
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『五常訓』巻之四・義張南軒、義と利とを説いて曰、義は為にする処なくして為るなり。利は為にする所有りて之を為すなり。いふ意は、義は唯我がすべき道なればするなり。名聞利養か何ぞ、わが身の為にするにはあらず。もし名聞利禄私愛のためにするは、義にあらず。是利なり。董子の言まことに至れるかな。張南軒の説も、亦道理分明なり。共に諸子にすぐれたり。君子の道は、万事の行皆義理に志して、我が身のために計らず。是君子の心とする処、小人のことなる処なり。たとひ天下に公なる善事を行ふとも、心にわが為にする私あらば、是義に非ず、利なり。小人の身に善行なくして、心ひとへに利をむさぼりて、義をすつるは、言ふに足らず。たとひ人ありて、身に行ふこと善なれど、其心に露ほども、わが利を計りねがふ所ありて行はば、郷里のほまれある人といへども、義にあらず。
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『囲炉夜話』第百九十三則・義の中に利有り義の中に利有り、而して義を尚ぶの君子は、初めより利に計り及ぶに非ざるなり。 利の中に害有り、而して利に趨るの小人は、並びに其の害為るを顧みざるなり。
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『五常訓』巻之四・義此所は、君子の心術の上にてくはしき論なり。小人の上の沙汰にはあらず。たとへば潔白なる物に、一点の墨を附くれば、白と云ひがたきが如し。天理人欲、行を同じくして情を異にすと、胡五峯いへり。天理は義なり。人欲は利なり。義も利も、身の行は善なれば、同じ事なれど、心底に公と私とのかはりあり。是同行異情なり。是亦義利の分ちなり。又王覇の弁もここにあり。いにしへの聖人、仁義を行ひて、民をなつけ給へば、国天下の民、自らよろこんで、まことに帰服す。是誠の道を以て、民ををさむる也。是を王道と云ふ。堯舜、禹湯、文武などの行ひ給ひし道是なり。又仁義の徳はなけれど、仁義の名をかりて、善を行ひ、民を服し、乱をしづめて、国天下を得んと思ふ。
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『五常訓』巻之四・義一義は天理の公なり。利は人欲の私なり。二の者は、各別の事にて、雪と墨との如し。然れども、義を専らにして、わが身に私せず、人のため宜しくすれば、利を求めざれども、自ら我が為よからずと云ふ事なし。故に易にも、利者義之和也と云ふ。大学に、国は利を以て利とせず、義を以て利とすといへり。利欲を恣にして、我が身ひとつを利せんとすれば、必人に害ありて、我が身の禍となる。古語にも福は禍のかくるる所といへり。愚者は、此理にくらくして、唯われ一人の為よからん事を計れども、是即わが身の害となる。眼前の利をはかりて、後来のわざはひを知らず。
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『慎思録』巻之六近世の俗儒、名を好み異を立つるを以て心と為す者は、義利公私の弁を知らず、徒に利を言はざるを以て高しと為す。故に大学の所謂国は利を以て利と為さず、義を以て利と為すの言を疑ひて、以て利を言ふの事にして、君子の言に非ずと為す。知らず、利は是れ身を養ひ民を養ひ、国家に無かるべからざるの事、即ち是れ義の和なることを。故に君子も亦利を欲せざるに非ず。蓋し義有りて利自ら来たれば、則ち義に於いて害無し。只義を舎てて利を取り、利の為に義を行ふ者は、不可なり。苟も義を以て主と為せば、則ち利も亦義なり。利を以て主と為せば、則ち義も亦利なり。公私の間に在るのみ。蓋し利は人に施すべくして、己に専らにすべからず。夫子罕に利を言ふは、利を言はざるに非ざるなり。
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『五常訓』巻之四・義一見利思義。利は一切の我が身の便よき事なり。財禄にかぎらず。財禄を得るも、亦其中にあり。わが身のため便よく、或はたからを得、禄を得る事ありとも、得べきか得べからざるか、唯義のある処を思ふべし。利をむさぼりて、義を忘るべからず。義と利とは、善と悪と、君子と小人とのわかるる処なり。義とは天理の公なり。利は人欲の私なり。専わが身の為よきやうにするは利なり。我が身を利せんとすれば、必人に害あり。是悪なり。人に害あれば、必我が禍となる。人を利するは、是義なり。義あれば、道理と和する故、利を求めずして、自ら利は其内にあり。されども利を得んため義を行ふは、私意なり。君子のする所にあらず。