洗心洞箚記 / 卷下・第百三十七條
而先生象祠記曰、諸侯之卿、命於天子、蓋周官之制、其殆倣於舜之封象歟、以是觀之、則一部周官融化于先生之胸中、而其保甲之制、大抵損益司徒之比閭族黨、如練士行軍、征勦苗夷、平治宸濠、則人皆以爲出于孫吳之餘智、而不知其握夏官大司馬之法、參伍錯綜以變化之、而出于愼獨也、嗟乎、眞致良知之大學問者、非偏滯拘迂者之所能窺也、
新字:而先生象祠記曰、諸侯之卿、命於天子、蓋周官之制、其殆倣於舜之封象歟、以是観之、則一部周官融化于先生之胸中、而其保甲之制、大抵損益司徒之比閭族党、如練士行軍、征勦苗夷、平治宸濠、則人皆以為出于孫呉之余智、而不知其握夏官大司馬之法、参伍錯綜以変化之、而出于慎独也、嗟乎、真致良知之大学問者、非偏滞拘迂者之所能窺也、
書き下し
而して先生の象祠記に曰く、諸侯の卿は、天子に命ぜらる。蓋し周官の制、其れ殆ど舜の象を封ずるに倣ふか、と。是を以て之を観れば、則ち一部の周官先生の胸中に融化して、其の保甲の制は、大抵司徒の比閭族党を損益す。練士行軍、苗夷を征勦し、宸濠を平治するが如きは、則ち人皆以て孫呉の余智に出づと為して、其の夏官大司馬の法を握りて、参伍錯綜して以て之を変化し、而して慎独より出づるを知らざるなり。嗟乎、真に良知を致すの大学問は、偏滞拘迂なる者の能く窺ふ所に非ざるなり。
現代語訳
また先生の「象祠記」に言う。「諸侯の卿は天子から任命される。思うに『周官』の制度は、ほとんど舜が弟の象を封じたやり方に倣ったのであろうか」。これから見ると、一部の『周官』が先生の胸中にすっかり溶け込んでいて、その保甲の制(十家牌法など住民の相互組織)は、おおむね司徒の比・閭・族・党の制を増減したものである。兵を訓練して軍を進め、苗族などの異民族を征討し、宸濠(寧王朱宸濠)の乱を平定したようなことは、人はみな孫子・呉子の残した知恵から出たものと思っているが、それが夏官大司馬の法を握り、それをさまざまに組み合わせて変化させたものであり、しかも慎独から出たものであることを知らない。ああ、真に良知を致す大いなる学問は、偏って滞り、こだわって回りくどい者がうかがい知れるものではない。
解説
この章句が説くこと
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『洗心洞箚記』卷下・第二十三條周官大司寇の職、五刑を以て万民を糾す。故に野に惰農無く、軍に怯兵無く、郷に悪人無く、官に貪者無く、国に暴客無し。此れ成周の治まりて強き所以の一端なり。而して漢唐に至りて暴を糾すの刑有りて、其の余の四刑と、上愿の法とは索然として尽く。而して国の富強を欲するも得べからず。何ぞ況んや三代の治をや。
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論語・八佾篇子曰く、『周、二代を監みて、郁郁として文なる哉。吾、周に従う。』
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『弁名』忠信忠とは、人の為に謀り、或いは人の事に代はりて、能く其の中心を尽くし、視ること己の事の若く、懇到詳悉にして至らざる莫きなり。或いは君に事ふるを以て之を言ひ、或いは専ら訟を聴くを以て之を言ふ。訟を聴くも亦た君に事へ官に居るの事なり。然れども五刑の属三千、至つて繁細たり。而して民の詐りを懐き、獄訟の情得難く、彼此怨みを構ふ。苟も能く其の情を体するに非ずんば、則ち其の平を得ず。故に周礼の六徳に、忠は司寇の材為り。左伝に、「小大の獄、察すること能はずと雖も、必ず情を以てす」と、「忠の属なり」と。以て見るべきのみ。子は四を以て教ふ、文・行・忠・信。忠は政事の科為り。政事は君に代はるの事なり。故に忠を以て之に命ず。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味天官に云う、凡そ和は、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は醎を多くし、調うるに滑甘を以てす、と。解に両家有り。一に云う、宜しく時気に従うべし。春の食は須く酸を多くすべく、夏の食は須く苦を多くすべし、と。一に云う、多とは過なり。春の食は酸に過ぐ、宜しく其の醎味を減ずべし。夏の食は苦に過ぐ、宜しく其の酸味を減ずべし、と。是を以て後の句に云う、調うるに滑甘を以てす、と。今前の解に依る。四時の味は、各々時気の当たる所に随う。故に時を逐いて醎苦酸辛、体を養うの宜しきなり。土は既に中に居り、総べて四財を戴く。是を以て四時の味兼ね、須く甘味以て之を調うべし。又云う、膳食の宜しき所を会(あわ)す。牛は稌(と)に宜し、稌は稲なり。羊は黍に宜し、豕は稷に宜し、犬は梁に宜し、鳥は麦に宜し、魚は菰(こ)に宜し。菰は彫胡(ちょうこ)なり。凡そ君子の食は、恒に焉(これ)に放(なら)う、と。凡そ薬は、酸は骨を養い、苦は気を養い、甘は肉を養い、辛は筋を養い、醎は脈を養う、と。此れ並びに相扶の義なり。河図に云う、人の食、醎を極むること無かれ。腎気をして盛んならしめ、心気衰え、人をして狂を発し、喜(しばしば)衂(じく)し、吐血し、心神定まらざらしむ。辛を極むること無かれ。肺気をして盛んならしめ、肝気衰え、人をして懦怯(だきょう)悲愁し、目盲い、髪白からしむ。甘を極むること無かれ。脾気をして盛んならしめ、腎気衰え、人をして癡淫(ちいん)泄精し、腰背痛み、膿血を利せしむ。苦を極むること無かれ。心気をして盛んならしめ、肺気衰え、人をして果敢にして死を軽んじ、欬逆(がいぎゃく)し、胸満たしむ。酸を極むること無かれ。肝気をして盛んならしめ、脾気衰え、人をして穀消化せず、喑聾(いんろう)癥固(ちょうこ)ならしむ、と。此れ五蔵の相制剋するの義なり。黄帝養生経に云う、
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