洗心洞箚記 / 卷下・第百三十五條
儞如今於父母、但盡儞心的孝、於兄長、但盡儞心的敬、於鄕黨鄰里宗族親戚、但盡儞心的謙和恭順、見人怠慢、不要嗔怪、見人財利、不要貪圖、但在裏面行儞那是的心、莫行儞那非的心、縱使外面人說儞是、也不須聽、說儞不是、也不須聽、〈茂時首肯拜謝、〉儞口不能言是非、省了多少閑是非、儞耳不能聽是非、省了多少閑是非、凡說是非、便生是非、生煩惱、聽是非、便添是非、添煩惱、儞口不能說、儞耳不能聽、省了多少閑是非、省了多少閑煩惱、儞比別人到快活自在了許多、〈茂時扣胷、指天躃地、〉我如今敎儞、但終日行儞的心、不消口裏說、但終日聽儞的心、不消耳裏聽、〈茂時稽首再拜而已、〉
新字:儞如今於父母、但尽儞心的孝、於兄長、但尽儞心的敬、於郷党鄰里宗族親戚、但尽儞心的謙和恭順、見人怠慢、不要嗔怪、見人財利、不要貪図、但在裏面行儞那是的心、莫行儞那非的心、縦使外面人説儞是、也不須聴、説儞不是、也不須聴、〈茂時首肯拝謝、〉儞口不能言是非、省了多少閑是非、儞耳不能聴是非、省了多少閑是非、凡説是非、便生是非、生煩悩、聴是非、便添是非、添煩悩、儞口不能説、儞耳不能聴、省了多少閑是非、省了多少閑煩悩、儞比別人到快活自在了許多、〈茂時扣胸、指天躃地、〉我如今教儞、但終日行儞的心、不消口裏説、但終日聴儞的心、不消耳裏聴、〈茂時稽首再拝而已、〉
書き下し
儞如今父母に於いては、但だ儞が心の孝を尽くし、兄長に於いては、但だ儞が心の敬を尽くし、郷党隣里宗族親戚に於いては、但だ儞が心の謙和恭順を尽くせ。人の怠慢を見ても、嗔怪するを要せず。人の財利を見ても、貪図するを要せず。但だ裏面に在りて儞が那の是なる心を行ひ、儞が那の非なる心を行ふ莫れ。縦使ひ外面の人儞を是と説くも、也た聴くを須ひず、儞を是ならずと説くも、也た聴くを須ひず。〈茂時に首肯して拝謝す。〉儞が口は是非を言ふ能はず、多少の閑是非を省き了る。儞が耳は是非を聴く能はず、多少の閑是非を省き了る。凡そ是非を説けば、便ち是非を生じ、煩悩を生ず。是非を聴けば、便ち是非を添へ、煩悩を添ふ。儞が口は説く能はず、儞が耳は聴く能はず、多少の閑是非を省き了り、多少の閑煩悩を省き了る。儞は別人に比して到つて快活自在なること許多なり。〈茂時に胸を扣き、天を指し地を躃む。〉我如今儞に教ふ、但だ終日儞が心を行へ、口裏に説くを消ひず。但だ終日儞が心を聴け、耳裏に聴くを消ひず、と。〈茂時に稽首再拝するのみ。〉
現代語訳
「あなたは今、父母に対してはただあなたの心の孝を尽くし、兄や年長者に対してはただあなたの心の敬を尽くし、郷里や近所、一族や親戚に対してはただあなたの心のへりくだりと和やかさ、うやうやしさと従順さを尽くしなさい。人の怠慢を見ても、怒ったりとがめたりしなくてよい。人の財や利を見ても、むさぼり求めなくてよい。ただ内側で、あなたのあの正しい心を行い、あなたのあの正しくない心を行わないようにしなさい。たとえ外の人があなたを正しいと言っても聞かなくてよいし、正しくないと言っても聞かなくてよい」。(茂はそのときうなずいて拝礼し感謝した。)「あなたの口は是非を言えないから、どれほどの無駄な是非を省いたことか。あなたの耳は是非を聞けないから、どれほどの無駄な是非を省いたことか。およそ是非を言えば、すぐに是非が生じ、煩悩が生じる。是非を聞けば、すぐに是非が加わり、煩悩が加わる。あなたの口は言えず、あなたの耳は聞けないから、どれほどの無駄な是非を省き、どれほどの無駄な煩悩を省いたことか。あなたはほかの人に比べて、ずっと快く自由自在なのだ」。(茂はそのとき胸をたたき、天を指さし地を踏み鳴らした。)「私が今あなたに教えるのは、ただ一日じゅうあなたの心を行え、口で言う必要はない。ただ一日じゅうあなたの心に聞け、耳で聞く必要はない、ということである」。(茂はそのとき額を地につけて再拝するばかりであった。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『洗心洞箚記』卷上・第四條身体髪膚、之を父母に受く。敢へて毀傷せざるは、孝の始めなり。吾惟ふに心の徳は、之を天に受く。敢へて其の徳を毀傷せざるは、孝の要なり。身外の虚なる者は、即ち吾が心の本体なり。故に曰く、大を語れば天下も能く載する莫しと。
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『翁問答』上卷之本天地万物皆神明霊光の中に生化する者なる故に、よりて我心の孝徳明らかなれば、神明に通し四海に明らかなるものなり、故に我心の孝徳を明らかにして、天地万物に通ずるやうに心がけを以て、人間第一のつとめとす、しかるを以て、天地万物皆我本心孝徳の中に在る物なり、迷へる人は心のうちに計り有ると思へ共、根本は心の中に生し出たる身なり、然る故に悟りたる眼には、内外幽明有無の差別なし、五倫の道を外と見ていとひ棄て、内外幽明有無の二見を立つるは悟りに似たる迷なり、
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『翁問答』上卷之本体充問曰五等の孝の説を承り候得者、親を愛敬する計りは孝行にては無く、其徳を明らかにして夫々のすぎわいの所作を、精に入て勤るが孝行の本意にて候や。師の曰左様にて候、畢竟は人の明徳を明らかにするが、孝行の本意にて候、故に心にむざとしたる一念を起し、或は怒るまじき事に腹を立て、悦ぶましきことを悦び、願ふまじき事を願ひ、悔むまじき事を悔み、畏れまじき事を懼るゝも、皆不孝なり、一言の偽も不孝なり、況や不義無道を身に行ひ、死すべき所にて死せず、死ぬまじき処にて犬死をなし、取まじき物を貧り取る可きものを取らずして、飢寒に及などするは皆以外の大なる不孝なり、心にかけて慎み可守事なり、此道理を知り明らめて、心に守り身に行ふを儒者の学問と云ふなり、世間に学問する人は多分に候得共、此本意を悟り得る人稀にて候。
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『翁問答』上卷之本体充問曰人間の心立種々ありて行ふ処其品多し、其内に是非混乱して何れに従ふ可し共覚へず人間一生涯の内、何れの道をか受用の業と成すべく候や。師の曰我人の身のうちに、至徳要道と云へる天下無双の霊宝あり、此宝を以て心に守り身に行ふを要とするなり、此宝を以て五倫の道を行へば、五倫の間皆和睦して怨なし、此宝を以て神明に事まつれば神明納受し給ふ、此宝を以て天下を治れば天下平になり、国を治れば国治り、家を斉へば家斉へり、身に行へば身治り、心に守れば心明かなり、おし広れば、天地の外にわたり、取納れば我心の密に隠る、誠に神明至極の霊宝なり、
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『翁問答』上卷之本体充曰、さようの宝は誠に求めまほしき事に候得共、あまり広大なる道なれば、我等が分にては難及覚へ候。師の曰、それは悪しき心得にて候、広大なる故に我人の及事にて候、譬ば日月の光りは広大なるに由て、目ある程の者は普く見得るが如し、此宝も広大なる故に貴賤男女を撰ばず、幼なきも老たるも本心ある程の人は、普く守り得る道にて候、
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論語・為政篇子游孝を問う。子曰く、「今の孝者は、是れ能く養うと謂う。犬馬に至るまで、皆能く養うこと有り。敬せずんば、何を以て別たんや。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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