洗心洞箚記 / 卷上・第四條
身體髮膚、受之父母、不敢毀傷、孝之始也、吾惟心之德、受之於天、不敢毀傷其德、孝之要也、身外之虛者、卽吾心之本體也、故曰、語大天下莫能載焉、
新字:身体髪膚、受之父母、不敢毀傷、孝之始也、吾惟心之徳、受之於天、不敢毀傷其徳、孝之要也、身外之虚者、即吾心之本体也、故曰、語大天下莫能載焉、
書き下し
身体髪膚、之を父母に受く。敢へて毀傷せざるは、孝の始めなり。吾惟ふに心の徳は、之を天に受く。敢へて其の徳を毀傷せざるは、孝の要なり。身外の虚なる者は、即ち吾が心の本体なり。故に曰く、大を語れば天下も能く載する莫しと。
現代語訳
「身体や髪や皮膚は父母から受けたものである。あえて傷つけないのが孝の始めである」(『孝経』)。私が思うに、心の徳は天から受けたものである。あえてその徳を傷つけないのが孝の要である。身の外の虚は、すなわち私の心の本体である。だから「大きさを言えば、天下もこれを載せきれない」(『中庸』)と言うのである。
解説
『孝経』の「身体髪膚」の句を踏まえ、身体を父母から受けたように心の徳は天から受けたのだから、その徳を損なわないことこそ孝の要だと説く。続く第五条は、身の外の虚がそのまま心の本体であり、『中庸』の「天下も載せきれない大きさ」とはそれを指すと言う。孝を家族への務めにとどめず、天に対する務めへ広げるのが中斎の読み方である。健康管理と同じように、自分の良心を傷める働き方や付き合い方を避けることもまた、自分を預けてくれた人々への誠実だと考えさせられる。
この章句が説くこと
孝心太虚孝経中庸修己
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