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翁問答 / 上卷之本

體充問曰五等の孝の說を承り候得者、親を愛敬する計りは孝行にては無く、其德を明らかにして夫々のすぎわいの所作を、精に入て勤るが孝行の本意にて候や。師の曰左樣にて候、畢竟は人の明德を明らかにするが、孝行の本意にて候、故に心にむざとしたる一念を起し、或は怒るまじき事に腹を立て、悅ぶましきことを悅び、願ふまじき事を願ひ、悔むまじき事を悔み、畏れまじき事を懼るゝも、皆不孝なり、一言の僞も不孝なり、况や不義無道を身に行ひ、死すべき所にて死せず、死ぬまじき處にて犬死をなし、取まじき物を貧り取る可きものを取らずして、飢寒に及などするは皆以外の大なる不孝なり、心にかけて愼み可守事なり、此道理を知り明らめて、心に守り身に行ふを儒者の學問と云ふなり、世間に學問する人は多分に候得共、此本意を悟り得る人稀にて候。

新字:体充問曰五等の孝の説を承り候得者、親を愛敬する計りは孝行にては無く、其徳を明らかにして夫々のすぎわいの所作を、精に入て勤るが孝行の本意にて候や。師の曰左様にて候、畢竟は人の明徳を明らかにするが、孝行の本意にて候、故に心にむざとしたる一念を起し、或は怒るまじき事に腹を立て、悦ぶましきことを悦び、願ふまじき事を願ひ、悔むまじき事を悔み、畏れまじき事を懼るゝも、皆不孝なり、一言の偽も不孝なり、況や不義無道を身に行ひ、死すべき所にて死せず、死ぬまじき処にて犬死をなし、取まじき物を貧り取る可きものを取らずして、飢寒に及などするは皆以外の大なる不孝なり、心にかけて慎み可守事なり、此道理を知り明らめて、心に守り身に行ふを儒者の学問と云ふなり、世間に学問する人は多分に候得共、此本意を悟り得る人稀にて候。

書き下し

体充問曰五等の孝の説を承り候得者、親を愛敬する計りは孝行にては無く、其徳を明らかにして夫々のすぎわいの所作を、精に入て勤るが孝行の本意にて候や。師の曰左様にて候、畢竟は人の明徳を明らかにするが、孝行の本意にて候、故に心にむざとしたる一念を起し、或は怒るまじき事に腹を立て、悦ぶましきことを悦び、願ふまじき事を願ひ、悔むまじき事を悔み、畏れまじき事を懼るゝも、皆不孝なり、一言の偽も不孝なり、況や不義無道を身に行ひ、死すべき所にて死せず、死ぬまじき処にて犬死をなし、取まじき物を貧り取る可きものを取らずして、飢寒に及などするは皆以外の大なる不孝なり、心にかけて慎み可守事なり、此道理を知り明らめて、心に守り身に行ふを儒者の学問と云ふなり、世間に学問する人は多分に候得共、此本意を悟り得る人稀にて候。

現代語訳

体充が問うた。五等の孝の説を伺いますと、親を愛敬するだけが孝行ではなく、その徳を明らかにして、それぞれの生業の仕事を精を入れて勤めるのが孝行の本意なのでしょうか。師は答えた。その通りです。結局は人の明徳を明らかにするのが孝行の本意なのです。それゆえ心にむやみな一念を起こし、あるいは怒るべきでないことに腹を立て、喜ぶべきでないことを喜び、願うべきでないことを願い、悔やむべきでないことを悔やみ、恐れるべきでないことを恐れるのも、みな不孝です。一言の偽りも不孝です。まして不義無道を身に行い、死ぬべき所で死なず、死ぬべきでない所で犬死にをし、取るべきでない物を貪り、取るべき物を取らずに飢えや寒さに及ぶなどするのは、みなもってのほかの大きな不孝です。心にかけて慎み守るべきことです。この道理を知り明らかにして、心に守り身に行うのを儒者の学問というのです。世間に学問する人は多いけれども、この本意を悟る人はまれです。

解説

孝の本意を「明徳を明らかにすること」と言い切る重要な段である。明徳は『大学』冒頭の語で、人が天から受けた明らかな徳を指す。藤樹は、つまらぬことに怒り、喜び、願い、悔やみ、恐れる心の乱れまでを不孝と呼ぶ。孝を親への行為から心の在り方そのものへと深めている点が、後に陽明学へ傾く藤樹の思想の特徴である。死ぬべき所と死ぬべきでない所の区別、取るべきものと取るべきでないものの区別も、すべて明徳の働きとされる。感情に振り回されず、場面にふさわしい判断をすることは、仕事の質を左右する修養でもある。

この章句が説くこと

孝明徳心不孝学問感情

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