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洗心洞箚記 / 卷下・第百三十五條

陽明語錄曰、一日市中鬨而詬、甲曰、爾無天理、乙曰、爾無天理、甲曰、爾欺心、乙曰、爾欺心、先生聞之、呼弟子曰、聽之、夫夫啍啍講學也、弟子曰、詬也、焉學、曰、汝不聞乎、曰天理、曰心、非講學而何、曰旣學矣、焉詬、曰、夫夫也惟知責諸人、不知反諸己故也、

新字:陽明語録曰、一日市中鬨而詬、甲曰、爾無天理、乙曰、爾無天理、甲曰、爾欺心、乙曰、爾欺心、先生聞之、呼弟子曰、聴之、夫夫啍啍講学也、弟子曰、詬也、焉学、曰、汝不聞乎、曰天理、曰心、非講学而何、曰既学矣、焉詬、曰、夫夫也惟知責諸人、不知反諸己故也、

書き下し

陽明語録に曰く、一日市中鬨きて詬る。甲曰く、爾天理無し、と。乙曰く、爾天理無し、と。甲曰く、爾心を欺く、と。乙曰く、爾心を欺く、と。先生之を聞きて、弟子を呼びて曰く、之を聴け、夫の夫啍啍として学を講ずるなり、と。弟子曰く、詬るなり、焉んぞ学ばん、と。曰く、汝聞かずや。天理と曰ひ、心と曰ふ。講学に非ずして何ぞや、と。曰く、既に学べり、焉んぞ詬る、と。曰く、夫の夫や惟だ諸を人に責むるを知りて、諸を己に反すを知らざるが故なり、と。

現代語訳

『陽明語録』に言う。ある日、市中で騒ぎが起こり、ののしり合っていた。甲が「お前には天理がない」と言うと、乙も「お前には天理がない」と言う。甲が「お前は自分の心を欺いている」と言うと、乙も「お前は自分の心を欺いている」と言う。先生はこれを聞いて弟子を呼び、「聴いてみよ、あの者たちはくどくどと学問を講じているぞ」と言った。弟子が「ののしり合っているのです。どうして学問でしょう」と言うと、先生は言った。「お前には聞こえないのか。天理と言い、心と言っている。講学でなくて何であろう」。弟子が「学問をしているのなら、どうしてののしり合うのですか」と言うと、先生は言った。「あの者たちは、ただ人を責めることを知って、自分に立ち返ることを知らないからである」。

解説

陽明が市中の口論を聞いて「彼らは学を講じている」と言った逸話である。ののしり合う者でさえ「天理がない」「心を欺く」と言うのは、誰の心にも天理と良知が働いている証拠だという。ただ彼らはそれを人に向けるだけで、自分には向けない。中斎はこの後の段で、この逸話を良知が凡人にも明らかに見える例として取り上げる。職場の言い争いでも、互いに相手の不誠実を責める言葉は、実は自分が大切にしている基準を表している。その基準を自分に向け直すことが、争いを学びに変える。

この章句が説くこと

良知天理心反己陽明学王陽明

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