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驢鞍橋 / 卷中

同錄。古人云。心隨萬境轉。轉處實能幽。隨流認得性。無喜亦無憂。一僧云ふ、隨流認得性と云ふは、人我を打つとも、腹たつ道理なし。欲心起るも、他の物を取るへき道理なしと、急度其性を認得する義なりや。師云はく、其義に非す。隨流認得性と云ふは、ほしければとり、はれははつたまでよ、如是隨流働き、萬境に轉したか、何ん共なき境界也。是れ凡夫心の沙汰に非す、熟した心の沙汰也。今樣の誵訛さへ知りめされすと也。

新字:同録。古人云。心随万境転。転処実能幽。随流認得性。無喜亦無憂。一僧云ふ、随流認得性と云ふは、人我を打つとも、腹たつ道理なし。欲心起るも、他の物を取るへき道理なしと、急度其性を認得する義なりや。師云はく、其義に非す。随流認得性と云ふは、ほしければとり、はれははつたまでよ、如是随流働き、万境に転したか、何ん共なき境界也。是れ凡夫心の沙汰に非す、熟した心の沙汰也。今様の誵訛さへ知りめされすと也。

書き下し

同録に。古人云く。心は万境に随つて転ず。転ずる処実に能く幽なり。流れに随つて性を認得すれば、喜も無く亦憂も無し。一僧云ふ、随流認得性と云ふは、人我を打つとも、腹たつ道理なし。欲心起るも、他の物を取るへき道理なしと、急度其性を認得する義なりや。師云はく、其義に非す。随流認得性と云ふは、ほしければとり、はれははつたまでよ、如是随流働き、万境に転したか、何ん共なき境界也。是れ凡夫心の沙汰に非す、熟した心の沙汰也。今様の誵訛さへ知りめされすと也。

現代語訳

同じく『臨済録』に引く古人の言葉。「心はあらゆる境遇に従って転じる。その転じるところが、まことに奥深い。流れに従いながら本性を見て取れば、喜びもなく、また憂いもない」。ある僧が言った。「『流れに従って本性を認める』とは、人が自分を打っても腹を立てる道理はない、欲心が起こっても他人の物を取る道理はないと、しっかりその本性を認めることでしょうか」。師は言われた。「そうではない。『流れに従って本性を認める』とは、欲しければ取り、張る時は張ったまでのこと。このように流れに従って働き、あらゆる境遇に転じながら、何ということもない境界である。これは凡夫の心の話ではなく、熟した心の話である。そなたは今のような入り組んだ所さえご存じないのだ」。

解説

臨済が引く「心は万境に随つて転ず」の偈は、インドの第二十二祖摩拏羅尊者の作と伝えられる。僧はこれを、殴られても怒らず欲が起きても盗まないと、道理で自分を抑えることと解した。正三は、欲しければ取り、張る時は張るというように、境遇のままに働きながら何のとらわれもない境界のことだと言い、道理で抑えるのとは違うと退けた。ただしそれは凡夫の心の話ではなく、修行を重ねて熟した心の話だと断っている。感情を理屈で押さえ込むのではなく、流れに乗りながら揺るがない心を育てることが本当の成熟だと教える。

この章句が説くこと

心流れ成熟臨済本性

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