翁問答 / 上卷之末
主君の臣下をさしつかふはたとへば磁石のはりをすふが如し火はかはけるにつき、水はうるおへるにながるゝことわりなれば、磁石のくろがねならではすはざる如く、主君の心とおなじき人ならではつかひ給はぬものなり、心の暗き主君は、何程よきさぶらいをあつめおきてもそれをばもちひず、只君の心にひとしく暗きくせものばかりをさしつかひ給ふものなり、しかるゆへによきさぶらいその家中にありてもなきに同じ、主君の心あきらかなれば、その心によく叶ひたるよき士ならではさしつかひ給はぬゆへにくせものも欲にふけり惡をはぢて、いつとなくよくなるものなればあしきくせもの其家中にありても、なきに等し、臣下のよきもあしきも國のみだるゝもおさまるも、畢竟主君の心ひとつにあり、まことにこゝろざしあるべき事にて候。
新字:主君の臣下をさしつかふはたとへば磁石のはりをすふが如し火はかはけるにつき、水はうるおへるにながるゝことわりなれば、磁石のくろがねならではすはざる如く、主君の心とおなじき人ならではつかひ給はぬものなり、心の暗き主君は、何程よきさぶらいをあつめおきてもそれをばもちひず、只君の心にひとしく暗きくせものばかりをさしつかひ給ふものなり、しかるゆへによきさぶらいその家中にありてもなきに同じ、主君の心あきらかなれば、その心によく叶ひたるよき士ならではさしつかひ給はぬゆへにくせものも欲にふけり悪をはぢて、いつとなくよくなるものなればあしきくせもの其家中にありても、なきに等し、臣下のよきもあしきも国のみだるゝもおさまるも、畢竟主君の心ひとつにあり、まことにこゝろざしあるべき事にて候。
書き下し
主君の臣下をさしつかふはたとへば磁石のはりをすふが如し火はかはけるにつき、水はうるおへるにながるゝことわりなれば、磁石のくろがねならではすはざる如く、主君の心とおなじき人ならではつかひ給はぬものなり、心の暗き主君は、何程よきさぶらいをあつめおきてもそれをばもちひず、只君の心にひとしく暗きくせものばかりをさしつかひ給ふものなり、しかるゆへによきさぶらいその家中にありてもなきに同じ、主君の心あきらかなれば、その心によく叶ひたるよき士ならではさしつかひ給はぬゆへにくせものも欲にふけり悪をはぢて、いつとなくよくなるものなればあしきくせもの其家中にありても、なきに等し、臣下のよきもあしきも国のみだるゝもおさまるも、畢竟主君の心ひとつにあり、まことにこゝろざしあるべき事にて候。
現代語訳
主君が臣下を使うのは、たとえば磁石が針を吸うようなものである。火は乾いたものにつき、水は湿ったところへ流れる道理であるから、磁石が鉄でなければ吸わないように、主君の心と同じ人でなければお使いにならないものである。心の暗い主君は、どれほどよい侍を集めておいてもそれを用いず、ただ主君の心と同じく暗いくせ者ばかりをお使いになるものである。だからよい侍がその家中にいても、いないのと同じである。主君の心が明らかであれば、その心によく合ったよい侍でなければお使いにならないので、くせ者も欲にふけることや悪を恥じて、いつとなくよくなるものであるから、悪いくせ者がその家中にいても、いないのと同じである。臣下のよしあしも、国が乱れるも治まるも、結局は主君の心一つにある。まことに志を持つべきことである。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之末また才智抜群の人にも無得てなること必ずあるものなり、それを見分てえぬことにはさしつかはぬが、よろしく候、気に入たる出頭人なれば、得たること得ざることの吟味なくまた人もなげにさしつかひ、あひくちあしければ、その人の得たることにもさしつかはざるは、みなひがことにて候、君のまへちかくさしつかふべきほどのさぶらいおば、いづれをも直にさしつかひてこそ、人がらおも心立おも見しるべけれ、たゞ人づてにいひつぎてさしつかひたる分にては、よきもあしきも知るべき様なし、しかるゆへに出頭のものゝとりなしにのみ聞あやかるばかりなり、かやうのあやまりみな主君の心暗き迷よりおこれり、
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