洗心洞箚記 / 卷下・第百三十一條
陸子曰、古人皆是明實理、做實事、又曰、人無不知愛親敬兄、及爲利欲所昏便不然、欲發明其事、止被彼利欲昏處指出、便愛敬自在、此是唐虞三代實學、與後世異處在此、謹按、陸子此二條之說、至易至平、而如無見吳草廬先生所稱歎、陸子辟立千仞之勢也、然子細玩味、則壁立千仞之勢隱然乎其中矣、何則明實理、做實事、雖至易至平、而愚夫婦之所易知能、及其至也、聖人亦有所難焉、又其拈出愛敬之良於利欲昏處、以喚醒愚夫婦手段、雖亦如至易至平、然遵斯道、將與唐虞三代之聖人同神化、則非壁立千仞人所難企及矣耶、若只採其語氣之峻逸奮迅者、以謂之辟立千仞、則皮膚之論、而非眞知陸子者也、
新字:陸子曰、古人皆是明実理、做実事、又曰、人無不知愛親敬兄、及為利欲所昏便不然、欲発明其事、止被彼利欲昏処指出、便愛敬自在、此是唐虞三代実学、与後世異処在此、謹按、陸子此二条之説、至易至平、而如無見呉草廬先生所称嘆、陸子辟立千仞之勢也、然子細玩味、則壁立千仞之勢隠然乎其中矣、何則明実理、做実事、雖至易至平、而愚夫婦之所易知能、及其至也、聖人亦有所難焉、又其拈出愛敬之良於利欲昏処、以喚醒愚夫婦手段、雖亦如至易至平、然遵斯道、将与唐虞三代之聖人同神化、則非壁立千仞人所難企及矣耶、若只採其語気之峻逸奮迅者、以謂之辟立千仞、則皮膚之論、而非真知陸子者也、
書き下し
陸子曰く、古人は皆是れ実理を明らかにし、実事を做す、と。又曰く、人は親を愛し兄を敬するを知らざる無し。利欲の昏ます所と為るに及びて便ち然らず。其の事を発明せんと欲せば、止だ彼の利欲の昏ます処を指出せらるれば、便ち愛敬自ら在り。此れ是れ唐虞三代の実学にして、後世と異なる処は此に在り、と。謹んで按ずるに、陸子此の二条の説は、至易至平にして、呉草廬先生の称歎する所の、陸子壁立千仞の勢を見る無きが如し。然れども子細に玩味すれば、則ち壁立千仞の勢、隠然として其の中に在り。何となれば則ち実理を明らかにし、実事を做すは、至易至平にして、愚夫婦の知り能くし易き所なりと雖も、其の至れるに及びては、聖人も亦難しとする所有り。又其の愛敬の良を利欲の昏ます処に拈出し、以て愚夫婦を喚醒するの手段は、亦至易至平なるが如しと雖も、然れども斯の道に遵はば、将に唐虞三代の聖人と神化を同じくせんとす。則ち壁立千仞、人の企て及び難き所に非ずや。若し只だ其の語気の峻逸奮迅なる者を採りて、以て之を壁立千仞と謂はば、則ち皮膚の論にして、真に陸子を知る者に非ざるなり。
現代語訳
陸子(陸九淵)は言う。「古人はみな実の理を明らかにし、実の事を行った」。また言う。「人は親を愛し兄を敬うことを知らない者はない。利欲に心を暗まされると、そうでなくなるのである。そのことを明らかにしようとするなら、ただその利欲に暗まされている所を指し示してやれば、愛と敬はおのずとそこにある。これこそ唐虞三代(堯舜と夏殷周)の実の学であり、後世と違う点はここにある」。謹んで考えるに、陸子のこの二条の説は、きわめてやさしく平明で、呉草廬先生(呉澄)がほめたたえた「陸子の、千仞の絶壁がそそり立つような気勢」は見られないかのようである。しかし細かく味わえば、千仞の絶壁の気勢がその中にひそかにある。なぜなら、実の理を明らかにし実の事を行うことは、きわめてやさしく平明で、愚かな男女でも知りやすく行いやすいことだが、その極みに至れば、聖人でも難しいとするところがある。また、愛と敬の良心を利欲に暗まされた所からつまみ出して、愚かな男女の目を覚まさせる手段も、きわめてやさしく平明なようだが、この道に従えば、唐虞三代の聖人と神妙な感化を同じくすることになる。これこそ千仞の絶壁、人が企て及び難いものではないか。もしただその語気が険しく勢い激しいところだけを取って千仞の絶壁と言うなら、それは皮相の論であって、本当に陸子を知る者ではない。
解説
この章句が説くこと
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