洗心洞箚記 / 卷下・第百十九條
羅豫章先生曰、周孔之心、使人明道、學者果能明道、則周孔之心深自得之、三代人才、得周孔之心而明道者多、故視死生去就、如寒暑晝夜之移、而忠義行之者易、至漢唐以經術古文相尙、而失周孔之心、於是明道者寡、故視死生去就、如萬鈞九鼎之重、而忠義行之者難、嗚呼、學者所見自漢唐衰矣、先生所謂周孔之心者、卽太虛也、比屋及弟子、因其敎亦得其心、故其視死生去就如彼、漢唐已來名賢之外、大抵己私塞乎心、而心失虛矣、故其視死生去就如此、此而治經爲文、自聖賢視之則謂何、必爲能言之鸚鵡矣、故聖學得周孔之心之外、別無盡力者、而周孔之心、卽與人無二、然吾亦己私塞乎心了、讀先生言、汗濕背、赤發頰、嘗問於同志、子等如何、
新字:羅予章先生曰、周孔之心、使人明道、学者果能明道、則周孔之心深自得之、三代人才、得周孔之心而明道者多、故視死生去就、如寒暑昼夜之移、而忠義行之者易、至漢唐以経術古文相尚、而失周孔之心、於是明道者寡、故視死生去就、如万鈞九鼎之重、而忠義行之者難、嗚呼、学者所見自漢唐衰矣、先生所謂周孔之心者、即太虚也、比屋及弟子、因其教亦得其心、故其視死生去就如彼、漢唐已来名賢之外、大抵己私塞乎心、而心失虚矣、故其視死生去就如此、此而治経為文、自聖賢視之則謂何、必為能言之鸚鵡矣、故聖学得周孔之心之外、別無尽力者、而周孔之心、即与人無二、然吾亦己私塞乎心了、読先生言、汗湿背、赤発頬、嘗問於同志、子等如何、
書き下し
羅豫章先生曰く、周孔の心は、人をして道を明らかにせしむ。学者果たして能く道を明らかにすれば、則ち周孔の心深く自ら之を得。三代の人才は、周孔の心を得て道を明らかにする者多し、故に死生去就を視ること、寒暑昼夜の移るが如くにして、忠義之を行ふこと易し。漢唐に至りて経術古文を以て相尚びて、周孔の心を失ふ。是に於て道を明らかにする者寡し、故に死生去就を視ること、万鈞九鼎の重きが如くにして、忠義之を行ふこと難し。嗚呼、学者の見る所漢唐よりして衰へたり、と。先生の所謂周孔の心なる者は、即ち太虚なり。比屋及び弟子、其の教へに因りて亦た其の心を得、故に其の死生去就を視ること彼の如し。漢唐已来名賢の外、大抵己私心を塞ぎて、心虚を失ふ。故に其の死生去就を視ること此くの如し。此にして経を治め文を為すも、聖賢より之を視れば則ち何とか謂はん、必ず能言の鸚鵡と為さん。故に聖学は周孔の心を得るの外、別に力を尽くす者無し。而して周孔の心は、即ち人と二無し。然れども吾も亦た己私心を塞ぎ了る。先生の言を読みて、汗背を湿し、赤頬に発す。嘗て同志に問ふ、子等如何、と。
現代語訳
羅豫章先生(羅従彦)は言う。「周公・孔子の心は、人に道を明らかにさせるものである。学ぶ者が本当に道を明らかにできれば、周公・孔子の心を深く自ら得る。夏・殷・周三代の人材には、周孔の心を得て道を明らかにした者が多かった。だから死生や進退を、寒暑や昼夜が移るように見て、忠義を行うのがたやすかった。漢・唐になると、経書の学や古文を尊び合って、周孔の心を失った。そこで道を明らかにする者が少なくなり、死生や進退を、万鈞の重さや九鼎のように重く見て、忠義を行うのが難しくなった。ああ、学ぶ者の見識は漢唐から衰えたのだ」。先生のいう周孔の心とは、すなわち太虚である。三代には家々の民から弟子に至るまで、その教えによってその心を得たので、死生進退をあのように見た。漢唐以来、名高い賢人を除けば、たいてい私心が心をふさぎ、心は虚を失った。だから死生進退をこのように重く見た。これで経書を修め文章を作っても、聖賢から見ればどう言うだろうか。きっと口まねのうまい鸚鵡と見るだろう。だから聖人の学は、周孔の心を得ることのほかに力を尽くすところはない。そして周孔の心は、人と二つではない。しかし私もまた、私心が心をふさいでしまっている。先生の言葉を読んで、背中に汗がにじみ、頬が赤くなった。かつて同志に問うたことがある。君たちはどうか、と。
解説
この章句が説くこと
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『洗心洞箚記』卷上・第百十三條程朱没してより陽明先生に至るまで、其の間の学者は詞章文句の中に沈溺して、未だ嘗て能く頭を出さず、誠に憫むべし。先生起るに及びて、学者始めて天日を見るを得たり。故に顧端文公曰く、程朱没して記誦辞章の習熾んなり、天下をして自心自性の当に反りて求むべき有るを知らしむる所以の者は王文成なり、と。誠なるかな此の言や。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三十二條陸子曰く、学者は須らく是れ田地を打畳して浄潔ならしめ、然る後に他をして奮発植立せしむべし。若し田地浄潔ならずんば、則ち奮発植立し得ず。古人の学を為すは即ち書を読む、然る後に学を為すこと見るべし。然れども田地浄潔ならずんば、亦書を読み得ず。若し書を読まば則ち是れ寇に兵を仮し、盗に糧を資するなり、と。又曰く、書を読むには固より文義を暁らざるべからず。然れども只だ文義を暁るを以て是と為さば、只だ是れ児童の学なり。須らく意旨の在る所を看るべし、と。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段多しと雖も亦奚を以て為さん、と。専対するは心なり。詩三百を誦するは文なり。和漢ともに小事を見て、大事を見る者少なし。陋しいかな文学に伐る。文芸も道の助けとなれば、舎つることにはあらず。愚、文学拙きを以て悔ゆといへども、民間に産まれ、家貧しくして学ぶべき暇なく、四十余の比より此の道に志す。如何して文学までに至るべき。只恥づべきは、何方へ一簡の饋るとも、文字に於いて誤ることぞ多かるべし。見る人これを用捨有らんことを願ふ。
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『都鄙問答』卷之一・都鄙問答ノ段答ふ、厚き志し過分の至りなり。先づ今日教へをなす志しを語らん。孟子曰く、人の道有るや、飽食煖衣、逸居して教へ無ければ、則ち禽獣に近し。聖人之を憂ふること有り、契をして司徒たらしめ、教ふるに人倫を以てす。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り、と。此の五つの者を能くするを学問の功とす。これにて古人の学と云ふ者を知るべし。論語学而の篇にも、大抵皆本を務むることを多くせり。人倫の大原は天に出でて、仁義礼智の良心よりなす。孟子又曰く、学問の道は他無し、其の放心を求むるのみ、と。此の心を知りて後に、聖人の行ひを見て法を取るべし。君の道を尽くし玉ふは堯にあり、孝の道を尽くし玉ふは舜にあり、臣の道を尽くし玉ふは周公にあり、学問の道を尽くし玉ふは大聖孔子なり。此れ皆孟子の所謂性のままにして、上下天地と流れを同じくす。
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『洗心洞箚記』卷下・第百條小程子曰く、学なる者は、人をして内に求めしむるなり。内に求めずして外に求むるは、聖人の学に非ざるなり。何をか外と謂ふ、文を以て主と為す者、是れなり。学なる者は、人をして本に求めしむるなり。本に求めずして末に求むるは、聖人の学に非ざるなり。何をか末と謂ふ、詳略を考へ、同異を採る者、是れなり。是の二者は、皆身に益無し、君子は学ばず、と。程子の此等の説は、陽明先生の精一の学と異なること無し。学者宜しく心を平らかにして以て之を見るべきなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第二十六條養生家は飲食を節し思慮を省き、以て五臓の心を破らず。学者は飲食を節せず、思慮を省かず、以て五臓の心を破る者間々之有り。而して猶ほ自ら心を学に尽くすと謂ふ者は愚なり。而して曾ち養生家に知らざるなり。是れ他無し、実に未だ心の何物為るかを知らざるが故なり。
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