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洗心洞箚記 / 卷下・第二十六條

養生家節飮食省思慮、以不破五臟之心、學者不節飮食、不省思慮、以破五臟之心者間有之、而猶自謂盡心于學者愚矣、而曾養生家不知也、是無他、實未知心爲何物故也、

新字:養生家節飲食省思慮、以不破五臓之心、学者不節飲食、不省思慮、以破五臓之心者間有之、而猶自謂尽心于学者愚矣、而曽養生家不知也、是無他、実未知心為何物故也、

書き下し

養生家は飲食を節し思慮を省き、以て五臓の心を破らず。学者は飲食を節せず、思慮を省かず、以て五臓の心を破る者間々之有り。而して猶ほ自ら心を学に尽くすと謂ふ者は愚なり。而して曾ち養生家に知らざるなり。是れ他無し、実に未だ心の何物為るかを知らざるが故なり。

現代語訳

養生家は飲食を節制し思い煩いを減らして、五臓の一つである心を損なわない。学者のなかには、飲食を節制せず思い煩いを減らさずに、五臓の心を損なう者が時々いる。それでいて自分では心を学問に尽くしていると言う者は愚かである。それでは養生家ほどにも心を知らないことになる。ほかでもない、本当にはまだ心が何であるかを知らないからである。

解説

身体の養生と学問を対比した短い条である。養生家は飲食を節し思い煩いを省いて心の臓を守るのに、学者のなかには節制せず思い悩んで心身を損ないながら、心を学問に尽くしていると思い込む者がいる。中斎はそれを、心が何であるかを知らないからだと断じる。心を学問の主とするなら、身体としての心も粗末にしてはならないということである。長時間労働や不摂生を熱意の証と取り違えがちな現代の働き方への、二百年近く前からの戒めとして読める。

この章句が説くこと

心養生節制学問修己健康

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