洗心洞箚記 / 卷下・第百九條
張子曰、由太虛有天之名、由氣化有道之名、合虛與氣有性之名、合性與知覺有心之名、朱子曰、本只是一箇太虛、漸細分得密爾、故心性者、理氣而已矣、虛靈不昧、衆理具、萬事出、與太虛一般、
新字:張子曰、由太虚有天之名、由気化有道之名、合虚与気有性之名、合性与知覚有心之名、朱子曰、本只是一箇太虚、漸細分得密爾、故心性者、理気而已矣、虚霊不昧、衆理具、万事出、与太虚一般、
書き下し
張子曰く、太虚に由りて天の名有り、気化に由りて道の名有り、虚と気とを合はせて性の名有り、性と知覚とを合はせて心の名有り、と。朱子曰く、本は只だ是れ一箇の太虚なり、漸く細かに分け得て密なるのみ、と。故に心性なる者は、理気のみ。虚霊不昧にして、衆理具はり、万事出づること、太虚と一般なり。
現代語訳
張子(張載)は言う。「太虚によって天という名があり、気の変化によって道という名があり、虚と気とを合わせて性という名があり、性と知覚とを合わせて心という名がある」。朱子は言う。「もとはただ一つの太虚であって、だんだん細かく分けて精密にしただけである」。だから心や性とは、理と気にほかならない。虚にして霊妙で、くらまされることなく、多くの理が備わり、万事がそこから出てくるのは、太虚と同じである。
解説
天・道・性・心という四つの名が、すべて一つの太虚から分かれたものだという張載の定義と、それを「もとは一つの太虚、細かく分けただけ」とまとめた朱子の言葉を並べた短い条である。中斎は心性を理気と言い換え、『大学章句』の「虚霊不昧、衆理を具へて万事に応ず」を踏まえて、心は太虚と同じだと結ぶ。張載と朱子を並べて陽明学の太虚説を支えるのは、箚記の常套である。現代でも、部署や役割の名前が増えるほど元の目的が見えにくくなる。分ける前の一つを思い出す視点として読める。
この章句が説くこと
太虚心性理気虚霊張載
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