洗心洞箚記 / 卷下・第七十二條
語小天下莫能破焉之義、善講易說卦、則甚分曉、而脫略穎異之人、以其爲木果、爲吝嗇、爲蕃鮮、爲多白眼、爲盜、爲科上槁、爲狗、爲鼠、爲口舌、爲毀折之猥瑣、不屑治之、而不知道之寓焉也、然若夫全泥象數、遺大以鑿之者、則其去道甚遠矣、何足論、
新字:語小天下莫能破焉之義、善講易説卦、則甚分暁、而脱略穎異之人、以其為木果、為吝嗇、為蕃鮮、為多白眼、為盗、為科上槁、為狗、為鼠、為口舌、為毀折之猥瑣、不屑治之、而不知道之寓焉也、然若夫全泥象数、遺大以鑿之者、則其去道甚遠矣、何足論、
書き下し
小を語れば天下能く破る莫しの義、善く易の説卦を講ずれば、則ち甚だ分暁なり。而して脱略穎異の人は、其の木果と為し、吝嗇と為し、蕃鮮と為し、白眼多しと為し、盗と為し、科上槁と為し、狗と為し、鼠と為し、口舌と為し、毀折と為すの猥瑣なるを以て、之を治むるを屑しとせず。而して道の寓するを知らざるなり。然れども若し夫れ全く象数に泥み、大を遺れて以て之を鑿つ者は、則ち其の道を去ること甚だ遠し。何ぞ論ずるに足らん。
現代語訳
「小を語れば、天下に(それより細かく)破れるものはない」(『中庸』)の意味は、『易』の説卦伝をよく講じれば、たいへんはっきりする。ところが大まかで才気走った人は、説卦伝が(卦を)木の実とし、けちとし、茂って鮮やかなものとし、白目の多いものとし、盗人とし、上が枯れた木とし、犬とし、鼠とし、口舌とし、壊れ折れるものとする、そのこまごまとしたことを取るに足らないとして学ぼうとしない。そこに道が宿っていることを知らないのである。しかし、もっぱら象数にこだわり、大きなものを忘れてこじつける者は、道から甚だ遠い。論ずるにも足りない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『徂徠先生答問書』卷下古聖人の恩如此広大無辺たる事にて、是等の人は聖人の恩とも不存候は、あまり徳の至極に広大なるは天地とひとしく、天地日月の恩を人知らざるごとくに候。徳合天地曰帝とは是等の儀を申候。是等の所よく思召入候はヾ、道は当行の理などゝ申候は、舌の長き儘に聖人へ印可を出したるに罷成と申処思召可被当候。如此人の性相応に建立なされたる事を、子思は率性之謂道と被仰候。修道之謂教と申候は、道を学び候上の事に候。道は広大無辺にて、是を学ばんと存候ても、中〳〵手に入不申候故、道を取こなして学び易きやうに節目を立玉へるを教と申候。国天下を治むるを教と申候事は先名目の相違に候。六経論語の内に無之事に候。宋儒の例の理学にて、治めも畢竟教也と道理を以て推ていひたる口上に候。理は聞ゆる様なれ共、宋儒の理窟と申物に候。古書には無之事に候。教といふ詞は、いづく迄も学に対する教と可被思召候。
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『童子問』卷中問ふ、上達の時、畢竟如何。曰く、中庸に曰く、富貴に素しては富貴に行ひ、貧賤に素しては貧賤に行ひ、夷狄に素しては夷狄に行ひ、患難に素しては患難に行ふ。君子入るとして自得せざる無しと。此れ是れ上達の功験なり。蓋し学者の道に進むや、其の初め学問と日用と扞格齟齬して、相入ること能はず。真積力久しくして、自ら得る所有るに及べば、則ち向に之を視て以て遠しと為せし者、今始めて近きを得、向に之を視て以て難しと為せし者、今始めて易きを得。漸次に近前し、学問に非ざれば楽しまず、学問に非ざれば言はず。其の愈々熟するに及べば、殆ど布帛菽粟の須臾も離るべからざるが如し。子女臧獲の賤、米塩柴薪の細に至るまで、大凡耳目に接し、日用に施す者、総べて是れ道に非ざる莫し。俗の外に道無く、道の外に俗無し。而して一点の俗気と雖も、亦著け得ず。此れ是れ上達の光景なり。
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『童子問』卷下問ふ、屈原。曰く、道を知らず。漁父の辞に曰く、世人皆濁り、我独り清めり。衆人皆酔ひ、我独り醒めたりと。是れ屈子の自ら其の禍を取る所以にして、子蘭の讒、懐王の不明の能く為す所に非ざるなり。禹曰く、愚夫愚婦も、一能く予に勝ると。孔子曰く、斯の民や、三代の直道にして行ふ所以なりと。豈に天下を以て皆濁り皆酔へりと為すべけんや。中庸に曰く、上に居りて驕らず、下と為りて倍かず。国道有れば、其の言以て興すに足り、国道無ければ、其の黙以て容るるに足ると。此れ学問の成る所、道徳の熟する所にして、屈子の能く及ぶ所に非ず。
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『慎思録』巻之五凡そ事は必ず咨訪して後に明らかなり。故に曰く、問ふことを好めば則ち裕かなり、と。必ず経歴して後に熟す。故に曰く、一事に躓く者は一智を長ず、と。苟も咨訪せずして自ら用ひ、経歴せずして妄りに行へば、亦殆ふいかなと曰ふ。朱子曰く、学は道を知るを以て本と為す。道を知れば則ち学純にして心正し、と。愚謂ふ、是れ学を為すの本旨なり。学者の志を立つる、宜しく此くの如くなるべし。蓋し学は将に以て道を知らんとす。苟も学を為して、道を知るを以て本と為さずんば、博学広聞すと雖も益無く、徒に心思を労するのみ。所謂多しと雖も亦奚を以て為さんといふものなり。夫れ道を知るは固より極めて難し。然れども道を知るを以て志と為さざれば、則ち学を為すこと駁雑にして純一ならず、心を立つること邪僻にして平正ならず。其の本を失ふに因るなり。然らば則ち宏才博聞の人に逾ゆる有りと雖も、儒者の学と為すべからず。百家衆技の流と相同じきを免れず。此れ即ち俗学の習ひにして、亦貴しと為すに足らず。若し乃ち朱子の言を以て之を反覆して言はば、道を知らんと欲すれば、則ち先づ須らく学純にして心正しきを要すべし。苟も学雑にして純一ならず、心正しからずして邪僻なれば、則ち道と相乖戻す。何を以てか道を知るを得んや。
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『慎思録』巻之二大凡そ道を聞くこと、亦た各々禀性の高下に随ひて浅深有るのみ。然れども其の生質通明淳正の士に非ざれば、則ち殆ど此に到ること易からず。偏僻蔽昧の徒は、聞くこと能はざる所なり。故に力を経術に用ゐること数十年と雖も、亦た未だ其の藩籬を窺ふこと能はざる者有り。是れ章句の習、訓詁の学と謂ふべきなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百二十條先生の此の書を玩味すれば、亀山の嘗て明道先生に見えし書と同一の意にして、先生の学の純粋正大なること見るべし。其の徒を聚めて相伝授する者は、句読文義のみ、と、求むる所利禄より大なる有り、との卓見に非ざれば、焉んぞ能く伊洛淵源の味を得るに足らんや。然れども人遽かに之を読めば、則ち駭きて以て狂と為さん。何となれば、周亡びて漢に至り、名儒碩学、其の朝に林立し、渢渢彬彬たり。姑く漢に就きて之を言へば、則ち儒林は申公より瑕丘江に至るまで凡そ七人、而して劉叔賈馬も亦た儒なり。楊何より房鳳に至るまで凡そ二十有七人、而して匡衡楊雄等も亦た儒なり。劉昆より蔡玄に至るまで凡そ四十有一人、而して馬融鄭玄等も亦た儒なり。而して又三国を更へ、六朝隋唐を歴て、宋に迄るまで、儒学勝げて記すべからざるなり。而るに先生之を抹殺するに句読文義を以てす。故に曰く、人遽かに之を読めば、駭きて以て狂と為さん、と。然れども其の中董仲舒王仲淹韓退之数公を除くの外、実に其の所謂道を見得る者有らざるなり。終身冊子文字の上に放著するのみ。
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