洗心洞箚記 / 卷下・第七十一條
樹生於平地者、易大而榮茂、生於石間者、難大而憔悴、此豈非命哉、自古士之有類此者、其人如君子、則雖知命以不慍、而傍觀者不可不爲之一悲一憤也、故孔子曰、臧文仲其竊位者歟、知柳下惠之賢、而不與立也、
新字:樹生於平地者、易大而栄茂、生於石間者、難大而憔悴、此豈非命哉、自古士之有類此者、其人如君子、則雖知命以不慍、而傍観者不可不為之一悲一憤也、故孔子曰、臧文仲其窃位者歟、知柳下恵之賢、而不与立也、
書き下し
樹の平地に生ずる者は、大なり易くして栄茂し、石間に生ずる者は、大なり難くして憔悴す。此れ豈に命に非ずや。古より士の此に類する者有り。其の人如し君子ならば、則ち命を知りて以て慍らずと雖も、傍観者之が為に一悲一憤せざるべからざるなり。故に孔子曰く、臧文仲其れ位を窃む者か。柳下恵の賢を知りて、与に立たざるなりと。
現代語訳
平地に生えた木は大きくなりやすく茂り栄えるが、石の間に生えた木は大きくなりにくくやつれしおれる。これはまさに命ではないか。昔から士にもこれに似た者がいる。その人がもし君子であれば、命を知って恨まないとしても、傍らで見る者はその人のために悲しみ憤らずにはいられない。だから孔子は言った。「臧文仲は位を盗む者であろうか。柳下恵の賢さを知りながら、ともに朝廷に立たせなかった」(『論語』衛霊公篇)。
解説
石の間に生えた木が育たないように、賢者が不遇に置かれることを命と見つつ、それを放置する側の責任を問う条である。君子本人は命を知って慍らないが、周囲はそれを見過ごしてはならない。孔子が、柳下恵の賢を知りながら登用しなかった臧文仲を「位を窃む者」と責めた言を引く。不遇の士への同情と、人を用いる者への批判が重なる。現代の組織でも、才ある人が環境のせいで埋もれていれば、それは本人の命である以上に、登用しない上司の怠慢である。
この章句が説くこと
知命命登用賢君子論語
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