導師導古典を学びたいすべての人に

童子問 / 卷下

問屈原。曰。不知道。漁父辭曰。世人皆濁。我獨淸。衆人皆醉。我獨醒。是屈子之所以自取其禍。非子蘭之讒懷王之不明所能爲也。禹曰。愚夫愚婦。一能勝予。孔子曰。斯民也。三代之所以直道而行也。豈可以天下爲皆濁皆醉耶。中庸曰。居上不驕。爲下不倍。國有道。其言足以興。國無道。其默足以容。此學問之所成。道德之所熟。而非屈子之所能及。

新字:問屈原。曰。不知道。漁父辞曰。世人皆濁。我独清。衆人皆酔。我独醒。是屈子之所以自取其禍。非子蘭之讒懐王之不明所能為也。禹曰。愚夫愚婦。一能勝予。孔子曰。斯民也。三代之所以直道而行也。豈可以天下為皆濁皆酔耶。中庸曰。居上不驕。為下不倍。国有道。其言足以興。国無道。其黙足以容。此学問之所成。道徳之所熟。而非屈子之所能及。

書き下し

問ふ、屈原。曰く、道を知らず。漁父の辞に曰く、世人皆濁り、我独り清めり。衆人皆酔ひ、我独り醒めたりと。是れ屈子の自ら其の禍を取る所以にして、子蘭の讒、懐王の不明の能く為す所に非ざるなり。禹曰く、愚夫愚婦も、一能く予に勝ると。孔子曰く、斯の民や、三代の直道にして行ふ所以なりと。豈に天下を以て皆濁り皆酔へりと為すべけんや。中庸に曰く、上に居りて驕らず、下と為りて倍かず。国道有れば、其の言以て興すに足り、国道無ければ、其の黙以て容るるに足ると。此れ学問の成る所、道徳の熟する所にして、屈子の能く及ぶ所に非ず。

現代語訳

問う。屈原について。答える。道を知らなかった。『漁父の辞』に「世の人はみな濁っているが、私一人が清い。人々はみな酔っているが、私一人が醒めている」とある。これこそ屈原が自ら禍を招いた原因であって、子蘭の讒言や懐王の不明によってそうなったのではない。禹は「愚かな男女でも、一つの点では私にまさる」と言い、孔子は「この民こそ、三代がまっすぐな道で治めた民である」と言った。どうして天下の人をみな濁り、みな酔っているとしてよかろうか。中庸に「上の地位にいても驕らず、下の地位にいても背かない。国に道があればその言葉で国を興すことができ、国に道がなければその沈黙で身を容れることができる」とある。これは学問が成り、道徳が熟した者のありさまであって、屈原の及ぶところではない。

解説

忠臣の悲劇として名高い屈原を、仁斎は「道を知らず」と一刀両断にする。世人皆濁り我独り清めりという自負こそが禍を招いたのであり、讒言や君主の不明のせいではないというのである。禹は愚夫愚婦にも自分にまさる点があると言い、孔子は今の民もまた三代の民だと言った。人々を見下して孤高を誇る姿勢は、人を愛する仁の道とは相容れない。中庸の「其の黙以て容るるに足る」を引き、言うべき時と黙すべき時を知るのが成熟した学問だとする。職場で自分だけが正しいと感じるときほど、周囲の人の中にある自分にまさる点を探してみることが、孤立を防ぐ第一歩になる。

この章句が説くこと

屈原道驕り中庸学問仁

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る