翁問答 / 下卷之本
聖人の才德天地神明とおなじき故に、神明不測廣大周備、言語道斷なり、賢人の才德も大かた聖人の體段そなはりぬれども、神明不測の位にいたらず、英雄は大將の才德は賢人と同じけれども、餘の才と德とは賢人より一位おとりて英雄のかどあるなり、聖人賢人英雄この三人は、才德の高下大小ありと雖、いづれも君子なれば治世にも亂世にも天下無雙の重寳なる人なり、奸雄は敵を退治する一科の用に立つ事は賢人英雄にもおとらねども、明德くらく邪欲ふかき故、むほん逆心の疑ひありて、味方のたのみあやうし、さて國治まりて仕置などまかせぬれば國をみだり、亂をおこすものなり、
新字:聖人の才徳天地神明とおなじき故に、神明不測広大周備、言語道断なり、賢人の才徳も大かた聖人の体段そなはりぬれども、神明不測の位にいたらず、英雄は大将の才徳は賢人と同じけれども、余の才と徳とは賢人より一位おとりて英雄のかどあるなり、聖人賢人英雄この三人は、才徳の高下大小ありと雖、いづれも君子なれば治世にも乱世にも天下無双の重宝なる人なり、奸雄は敵を退治する一科の用に立つ事は賢人英雄にもおとらねども、明徳くらく邪欲ふかき故、むほん逆心の疑ひありて、味方のたのみあやうし、さて国治まりて仕置などまかせぬれば国をみだり、乱をおこすものなり、
書き下し
聖人の才徳天地神明とおなじき故に、神明不測広大周備、言語道断なり、賢人の才徳も大かた聖人の体段そなはりぬれども、神明不測の位にいたらず、英雄は大将の才徳は賢人と同じけれども、余の才と徳とは賢人より一位おとりて英雄のかどあるなり、聖人賢人英雄この三人は、才徳の高下大小ありと雖、いづれも君子なれば治世にも乱世にも天下無双の重宝なる人なり、奸雄は敵を退治する一科の用に立つ事は賢人英雄にもおとらねども、明徳くらく邪欲ふかき故、むほん逆心の疑ひありて、味方のたのみあやうし、さて国治まりて仕置などまかせぬれば国をみだり、乱をおこすものなり、
現代語訳
聖人の才徳は天地神明と同じであるから、神明不測で広大周備、言語を絶している。賢人の才徳もおおかた聖人の体段が備わっているけれども、神明不測の位には至らない。英雄は大将の才徳は賢人と同じだけれども、その他の才と徳とは賢人より一位劣って、英気の角がある。聖人・賢人・英雄の三者は、才徳に高下大小があるとはいえ、いずれも君子であるから、治世にも乱世にも天下無双の重宝な人である。奸雄は敵を退治する一つの用に立つことは賢人や英雄にも劣らないけれども、明徳が暗く邪欲が深いため、謀反逆心の疑いがあって、味方の頼みとして危うい。さて国が治まって政務などを任せれば、国を乱し、乱を起こすものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集法・過ち有るの中に過ち無きを求む君子の人に於けるや、當に過ち有るの中に於て過ち無きを求むべく、當に過ち無きの中に於て過ち有るを求むべからず。
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『大和俗訓』巻之五・言語一君子は、人の善をあげて、人の悪を隠し、人の長ずる所をとりて、短なる所をゆるす。厚しと云ふべし。小人は、人の善あるをば誉めずして、其過をあげてそしり、人の才の長じたる所をばあげずして隠し、其才の不得手にして短なる所をあらはしてそしる。薄きことの至なり。人の不得手なる所を言ひあらはせば、恨を取る。
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『君子訓』巻之中一君子と小人とは、譬へば水と火との如く、香と臭とのごとし。一時に相並びては用ひがたし。小人用ひらるれば、君子の道は行はれずして、君子は終に小人の為に讒せられて退くに至る。人を知る事、古人も是を難しといへり。人の言語容貌を見て其心底を知ることは、至明の人といへども必としがたし。孔子も其言を聞て其行を観ると宣へり。観とは、心を用ひて察するなり。古人は、人のすき好む事と、其人の親しき友の善悪を以て察し、又其平生行ふ所の善悪を見て、其人の賢不肖を知り、事を問ひ業を試みて、其材能の長短を知る。是古人人を知るの法なり。人を知り、時を以て君に告げて挙げ用ふるは、宰臣の職なり。
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『慎思録』巻之二天下の物は、各々長ずる所有りて、棄つべからず。牛の耕し馬の馳せ、犬の夜を守り、猫の鼠を捕ふるが如き、此れ皆用に備ふるの物なり。至って賤しと雖も聖人も之を棄つること能はず。況んや人の才行有るに於てをや。人各々能有り不能有り。庸才の人と雖も、亦た奇智の取るべき有り。是を以て君子の人を用ゐるや、其の短き所を捨てて、其の長ずる所を取る。世に棄材無くして、朝に良才多き所以なり。天の人を生ずるや、一世の人を以て、一世の人を治む。是を以て乱世の治世に及ばざる所以の者は、人才足らざるに非ず。人才有りて用ゐること能はざるに因るなり。
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『格言聯璧』持躬類・其の爲すべからざるを知りて之を圖る其の爲すべからざるを知りて遂に心を委ねて之に任ずる者は、達人智士の見なり。 其の爲すべからざるを知りて亦た力を竭して之を圖る者は、忠臣孝子の心なり。 小人は只だ他の才有るを怕る、才有りて以て之を濟せば、流害窮まり無し。 君子は只だ他の才無きを怕る、才無くして以て之を行へば、賢なりと雖も何の補ひあらん。
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『五常訓』巻之五・智一人各長ずる所あり、短なる所あり。長ずる所とは、得たる所なり。短なる所とは、得ざる所なり。知者といへども、其得ざる所は、愚者の得たる所には及ばず。もし得ざる所を以て知者をそしらば、堯舜も今日の凡夫におとるべし。人を知らずと云ふべし。君子の人を用ふるは、良医の薬を用ふるが如し。各其性をよく知りて用ふること、其病に応ず。又大匠の材を用ふるが如し。ゆがめるを渠とし、直なるを柱として、材すたらず。人を用ふるに、各得たる所を知りて用ふれば、天下に棄れる人なし。皆用をなせり。
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