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洗心洞箚記 / 卷下・第六十條

漢末佛法入中國、有所由來焉、董子對策曰、誅名而不察實、爲善者不必免、而犯惡者未必刑也、是以百官皆飾虛辭、而不顧實、外有事君之禮、內有背上之心、造僞飾詐、趣利亡恥、呼、此乃佛之所由入焉乎、此乃天堂地獄之所由起乎、然則非佛氏自入中國、而中國故招佛而來也、歐陽公本論、乘其闕廢之說、是矣、

新字:漢末仏法入中国、有所由来焉、董子対策曰、誅名而不察実、為善者不必免、而犯悪者未必刑也、是以百官皆飾虚辞、而不顧実、外有事君之礼、内有背上之心、造偽飾詐、趣利亡恥、呼、此乃仏之所由入焉乎、此乃天堂地獄之所由起乎、然則非仏氏自入中国、而中国故招仏而来也、欧陽公本論、乗其闕廃之説、是矣、

書き下し

漢末仏法中国に入る、由来する所有り。董子対策に曰く、名を誅して実を察せざれば、善を為す者も必ずしも免れず、而して悪を犯す者も未だ必ずしも刑せられざるなり。是を以て百官皆虚辞を飾りて、実を顧みず、外に君に事ふるの礼有りて、内に上に背くの心有り、偽を造り詐を飾り、利に趣き恥を亡ふと。呼(ああ)、此れ乃ち仏の由りて入る所か、此れ乃ち天堂地獄の由りて起る所か。然らば則ち仏氏自ら中国に入るに非ずして、中国故に仏を招きて来るなり。欧陽公の本論、其の闕廃に乗ずるの説、是なり。

現代語訳

漢末に仏法が中国に入ったのには、由来がある。董子(董仲舒)は対策で言った。「名目だけで罰して実を確かめなければ、善を行う者も必ずしも罪を免れず、悪を犯す者も必ずしも罰せられない。そのため百官はみな空しい言葉を飾って実を顧みず、外には君に仕える礼があっても、内には上に背く心があり、偽りをこしらえ詐りを飾り、利に走って恥を失う」。ああ、これこそ仏教が入ってきたわけではないか。これこそ天国と地獄の説が起こったわけではないか。そうであれば、仏教が自分から中国に入ったのではなく、中国がわざわざ仏を招いたのである。欧陽公(欧陽脩)の『本論』に、仏教は(王道の)欠け廃れたところに乗じて来たとあるのは正しい。

解説

仏教が中国に広まった原因を、儒の政治の頽廃に求める条である。董仲舒の対策は、名目で裁き実を見ない政治が、善悪の報いを狂わせ、官僚を偽りと利に走らせたと言う。中斎は、現世で善悪が報われないから天堂地獄の説が求められたのだと読む。欧陽脩の『本論』と同じく、外来の思想を責めるより、迎え入れた側の欠陥を問う姿勢である。現代の組織でも、評価が実態を見ないと、人は形式を飾り、外部の手法や流行に救いを求める。原因は内にある。

この章句が説くこと

名実誠政治仏教董仲舒欧陽脩

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