呂氏春秋 / 不屈②
魏惠王謂惠子曰:「上世之有國,必賢者也。今寡人實不若先生,願得傳國。」惠子辭。王又固請曰:「寡人莫有之國於此者也,而傳之賢者,民之貪爭之心止矣。欲先生之以此聽寡人也。」惠子曰:「若王之言,則施不可而聽矣。王固萬乘之主也,以國與人猶尚可。今施,布衣也,可以有萬乘之國而辭之,此其止貪爭之心愈甚也。」惠王謂惠子曰「古之有國者,必賢者也」。夫受而賢者舜也,是欲惠子之為舜也;夫辭而賢者許由也,是惠子欲為許由也;傳而賢者堯也,是惠王欲為堯也。堯、舜、許由之作,非獨傳舜而由辭也,他行稱此。今無其他,而欲為堯、舜、許由,故惠王布冠而拘於鄄,齊威王幾弗受,惠子易衣變冠,乘輿而走,幾不出乎魏境。凡自行不可以幸,為必誠。
新字:魏恵王謂恵子曰:「上世之有国,必賢者也。今寡人実不若先生,願得伝国。」恵子辞。王又固請曰:「寡人莫有之国於此者也,而伝之賢者,民之貪争之心止矣。欲先生之以此聴寡人也。」恵子曰:「若王之言,則施不可而聴矣。王固万乗之主也,以国与人猶尚可。今施,布衣也,可以有万乗之国而辞之,此其止貪争之心愈甚也。」恵王謂恵子曰「古之有国者,必賢者也」。夫受而賢者舜也,是欲恵子之為舜也;夫辞而賢者許由也,是恵子欲為許由也;伝而賢者堯也,是恵王欲為堯也。堯、舜、許由之作,非独伝舜而由辞也,他行称此。今無其他,而欲為堯、舜、許由,故恵王布冠而拘於鄄,斉威王幾弗受,恵子易衣変冠,乗輿而走,幾不出乎魏境。凡自行不可以幸,為必誠。
書き下し
魏の惠王、惠子に謂いて曰く、「上世の國を有つものは、必ず賢者なり。今寡人實に先生に若かず。願わくは國を傳うることを得ん。」惠子辭す。王又固く請いて曰く、「寡人、之の國を此に有つこと莫き者なり。而るに之を賢者に傳うれば、民の貪爭の心止まん。先生の此を以て寡人に聽かんことを欲するなり。」惠子曰く、「王の言の若くんば、則ち施、而て聽く可からず。王は固より萬乘の主なり。國を以て人に與うるも猶尚ほ可なり。今施は、布衣なり。以て萬乘の國を有つ可くして之を辭せば、此れ其の貪爭の心を止ましむること愈々甚だしきなり。」惠王、惠子に謂いて曰く、「古の國を有つ者は、必ず賢者なり。」夫れ受けて賢者なるは舜なり。是れ惠子の舜爲らんことを欲するなり。夫れ辭して賢なる者は許由なり。是れ惠子、許由爲らんと欲するなり。傳えて賢なる者は堯なり。是れ惠王、堯爲らんと欲するなり。堯・舜・許由の作すは、獨り舜に傳えて由辭するのみに非ざるなり。他行此に稱うなり。今、其の他無くして、堯・舜・許由爲らんと欲す。故に惠王は布冠して鄄に拘われ、齊の威王幾ど受けず。惠子、衣を易え冠を變じ、輿に乘りて走り、幾ど魏の境を出でず。凡そ自行は幸を以てす可からず、爲すには誠を必とす。
現代語訳
魏の恵王が恵子に言った、「いにしえに国を保った者は必ず賢者だった。今、私は本当に先生に及ばない。どうか国を譲りたい。」恵子は辞退した。王はさらに強く請うて言った、「私はこの国を持たずにおれる者ではない。しかし賢者に譲れば、民の貪り争う心が止むだろう。先生にはこの意で私の願いを聞いてほしい。」恵子は言った、「王のお言葉どおりなら、私はなおさら聞けません。王はもともと万乗の君主で、国を人に与えても差し支えありません。今私は無位の一庶民です。万乗の国を持てるのに辞退すれば、貪り争う心を止める効果はいっそう大きいのです。」恵王は「いにしえの国の保有者は必ず賢者だった」と言った。譲位を受けて賢者だったのは舜であり、これは恵子に舜になれと望むこと。辞退して賢者だったのは許由であり、これは恵子が許由になろうとすること。譲って賢者だったのは堯であり、これは恵王が堯になろうとすることである。堯・舜・許由の行いは、ただ舜に譲り許由が辞退しただけではない。他の行いもこれにふさわしかったのだ。今、その他の徳もないのに堯・舜・許由になろうとする。だから恵王は喪冠をつけて鄄に囚われ、斉の威王はあやうく受け入れなかった。恵子は衣を替え冠を変え、車に乗って逃げ、あやうく魏の国境を出られなかった。およそ自分の行いは幸運に頼ってはならず、事をなすには誠実さが必要である。
解説
この章句が説くこと
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