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洗心洞箚記 / 卷下・第四十八條

出由戶、所謂日用而不知、是卽皆從良知之自然、而不自知者也、莫由道者、氣拘物蔽、特不能致良知於日用酬酢之間焉耳、學以除了氣拘物蔽、則由斯道、而不能須臾離良知也、人至此與聖人一般矣、

新字:出由戸、所謂日用而不知、是即皆従良知之自然、而不自知者也、莫由道者、気拘物蔽、特不能致良知於日用酬酢之間焉耳、学以除了気拘物蔽、則由斯道、而不能須臾離良知也、人至此与聖人一般矣、

書き下し

出づるに戸に由る、所謂日に用ひて知らざるなり。是れ即ち皆良知の自然に従ひて、自ら知らざる者なり。道に由る莫き者は、気拘物蔽、特だ良知を日用酬酢の間に致すこと能はざるのみ。学びて以て気拘物蔽を除き了れば、則ち斯の道に由りて、須臾も良知を離るること能はざるなり。人此に至れば聖人と一般なり。

現代語訳

外に出るのに戸口を通るというのは、いわゆる毎日用いていながら気づかないことである。これはみな良知の自然に従っていながら、自分では気づいていないのである。それなのに道を通らない者があるのは、気質に縛られ物欲に覆われて、日々の応対のなかで良知を発揮できないだけのことだ。学んで気質の束縛と物欲の覆いを取り除けば、この道を通って、片時も良知から離れられなくなる。人がここに至れば、聖人と変わらない。

解説

『論語』雍也篇の「誰か能く出づるに戸に由らざらん、何ぞ斯の道に由る莫き」を、良知の日常性として読む条である。戸口を通るように人は誰でも良知に従って暮らしているが、気質と物欲がそれを覆う。学問とはその覆いを除く工夫だと中斎は言う。気質の変化を説く中斎らしい読みである。現代の仕事でも、正しいことは特別な場面でなく日々の応対にあり、疲れや欲がそれを見えにくくする。日常の所作を整えることが、そのまま修養になる。

この章句が説くこと

良知気質道日用学問論語

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