洗心洞箚記 / 卷下・第三十四條
伊川先生曰、多權者害誠、好功者害義、取名者賊心、是吾逆耳之言、而療心病之良藥也、而令一誠復焉、則義在其中、而心亦正矣、嗚呼、一箇誠不可害、是聖學之要也、
新字:伊川先生曰、多権者害誠、好功者害義、取名者賊心、是吾逆耳之言、而療心病之良薬也、而令一誠復焉、則義在其中、而心亦正矣、嗚呼、一箇誠不可害、是聖学之要也、
書き下し
伊川先生曰く、権多き者は誠を害し、功を好む者は義を害し、名を取る者は心を賊ふと。是れ吾が逆耳の言にして、心病を療するの良薬なり。而して一誠をして復せしむれば、則ち義其の中に在り、而して心も亦正し。嗚呼、一箇の誠害すべからず、是れ聖学の要なり。
現代語訳
伊川先生(程頤)は「策略の多い者は誠を損ない、手柄を好む者は義を損ない、名声を求める者は心をそこなう」と言った。これは私にとって耳に痛い言葉であり、心の病を治す良薬である。一つの誠を取り戻せば、義はその中にあり、心もまた正しくなる。ああ、一つの誠を損なってはならない。これが聖学の要である。
解説
程頤の「権多き者は誠を害し、功を好む者は義を害し、名を取る者は心を賊ふ」を、中斎が自分への耳の痛い良薬として受け取った短い条である。策略・功名・名声という三つの欲がそれぞれ誠・義・心を損なうが、根本の誠一つを回復すれば義も心も正しくなるという。誠を学問の要とするのは陽明学に限らず宋学に共通する教えでもある。成果や評判を追うほど誠実さが削られていく危うさは、数字で評価される現代の仕事でこそ自覚しておきたい。
この章句が説くこと
誠義心功名修己程頤
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