大和俗訓 / 巻之三・心術上
一心は身の主にて、萬事の本根なり。此故に、心正しからざれば身をさまらずして、家をとゝのへ、人ををさめがたし。たとへば草木の根堅からざれば、枝葉さかえず、家の主不德なれば、家をさまらざるが如し。心を正しくする道は、まづ善をこのみ、惡を嫌ふこと眞實なるを本とすべし。心の内に善をこのむ誠なく、惡をきらふ事まめやかならずんば、猶惡人の境界をまぬかれがたきゆゑ、心を正しくすべきやうなかるべし。是大學の道、心を正しくせんと欲しては、先其意を誠にするにあり。旣に善をこのみ惡をきらふこと誠あらば、心を正しくする事やすかるべし。心を正しくすとは、心よりおこる所の喜怒哀樂愛惡慾の七情、よきほどに過不及なくして、片落ちざるを云ふ。喜ぶべくして喜び、其喜すごすべからず。怒るべくして怒り、其怒過すべからず。自餘も亦かくの如くなるべし。七情過不及なくして、片落ちざれば、心の内とゞこほりなくして、常に和平なり。是心正しきなり。
新字:一心は身の主にて、万事の本根なり。此故に、心正しからざれば身をさまらずして、家をとゝのへ、人ををさめがたし。たとへば草木の根堅からざれば、枝葉さかえず、家の主不徳なれば、家をさまらざるが如し。心を正しくする道は、まづ善をこのみ、悪を嫌ふこと真実なるを本とすべし。心の内に善をこのむ誠なく、悪をきらふ事まめやかならずんば、猶悪人の境界をまぬかれがたきゆゑ、心を正しくすべきやうなかるべし。是大学の道、心を正しくせんと欲しては、先其意を誠にするにあり。既に善をこのみ悪をきらふこと誠あらば、心を正しくする事やすかるべし。心を正しくすとは、心よりおこる所の喜怒哀楽愛悪慾の七情、よきほどに過不及なくして、片落ちざるを云ふ。喜ぶべくして喜び、其喜すごすべからず。怒るべくして怒り、其怒過すべからず。自余も亦かくの如くなるべし。七情過不及なくして、片落ちざれば、心の内とゞこほりなくして、常に和平なり。是心正しきなり。
書き下し
一心は身の主にて、万事の本根なり。此故に、心正しからざれば身をさまらずして、家をととのへ、人ををさめがたし。たとへば草木の根堅からざれば、枝葉さかえず、家の主不徳なれば、家をさまらざるが如し。心を正しくする道は、まづ善をこのみ、悪を嫌ふこと真実なるを本とすべし。心の内に善をこのむ誠なく、悪をきらふ事まめやかならずんば、猶悪人の境界をまぬかれがたきゆゑ、心を正しくすべきやうなかるべし。是大学の道、心を正しくせんと欲しては、先其意を誠にするにあり。既に善をこのみ悪をきらふこと誠あらば、心を正しくする事やすかるべし。心を正しくすとは、心よりおこる所の喜・怒・哀・楽・愛・悪・慾の七情、よきほどに過不及なくして、片落ちざるを云ふ。喜ぶべくして喜び、其喜すごすべからず。怒るべくして怒り、其怒過すべからず。自余も亦かくの如くなるべし。七情過不及なくして、片落ちざれば、心の内とどこほりなくして、常に和平なり。是心正しきなり。
現代語訳
心は身の主人であり、あらゆる事の根本です。ですから、心が正しくなければ身は修まらず、家を整えることも、人を治めることもできません。たとえば草木の根が固くなければ枝葉が栄えず、家の主人に徳がなければ家が治まらないのと同じです。心を正しくする道は、まず善を好み悪を嫌うことが本物であることを根本とすべきです。心の内に善を好む誠がなく、悪を嫌うことが真剣でなければ、やはり悪人の境地を免れにくいので、心を正しくしようがありません。これが『大学』の道で、心を正しくしようと思うなら、まずその意を誠にすることにある、というのです。すでに善を好み悪を嫌うことに誠があれば、心を正しくすることはたやすいでしょう。心を正しくするとは、心から起こる喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲の七情が、ほどよく過不足なく、偏らないことをいいます。喜ぶべきときに喜び、その喜びを度を越させてはいけません。怒るべきときに怒り、その怒りを度を越させてはいけません。ほかの情もこれと同じです。七情に過不足がなく偏らなければ、心の内にとどこおりがなく、いつも穏やかです。これが心が正しいということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之三邵子曰く、人の心は、即ち天地の神なり。人の自ら欺くは、天地を欺く所以なり。慎まざるべけんや、と。邵子の意は、人心も亦天地の神有りと為すを謂ふ。此れ詩の所謂上帝汝に臨むの意と較々異なる者は、天に在ると人に在るとの異なるを以てなり。其の実は天に在ると人に在ると両般無し。人心の神明は、即ち天神の我に在る者なり。天地の神と、人心の神明とは、本自ら一般なり。只体統と各具との分殊有るのみ。故に人の自ら欺くは、即ち天を欺くなり。豈に畏るべきの甚しきに非ずや。孟子曰く、其の心を存し其の性を養ふは、天に事ふる所以なり、と。蓋し吾が心性は、即ち是れ天の賦予する所にして、我に在るの天なり。我に在るの天を存養すると、上天に事ふるとは、二理無く二事無きなり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一心の中は灑落にして、青天白日の如く明白なるべし。心の中に物をたくはへ、おほひくらますべからず。思慮は深く精しくすべし、浅くあらくすべからず。事をなすにはふかく思案を好みて、かるがるしく早く決定すべからず。思案は静かにして急がざるをよしとす。はやく決定すれば、必あやまりあり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一およそ人の一念の不善も、かならず天に通ずる理あり。天は高きに居て、ひききに聞くといへり。上天を欺くべからず。おそるべし。人をあざむけば、つひに其、偽あらはる。内に誠あれば、必外にあらはるといへり。下人をあざむくべからず。恥づべし。天を欺き、人をあざむくは、共に我が心を欺くによれり。我が心に不善と知りながら、これを行ふ、是自欺なり。我が心あざむくべからず。およそ、天と人と我が心と、皆あざむくべからず。唯一すぢに誠あるべし。ここを以て、君子の心は、つねに青天白日の如くなり。小人の心は、常に陰暗くしてはかりがたし。
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『養生訓』巻第二・総論下一養生の要は、自欺くことをいましめて、よく忍ぶにあり。自欺くとは、わが心に既にあしきと知れる事を、きらはずしてするを云ふ。あしきと知りてするは、悪をきらふ事真実ならず。是自欺くなり。欺くときは真実ならざるなり。食の一事を以ていはば、多く食ふがあしきと知れども、あしきをきらふ心実ならざれば多くくらふ。是自欺くなり。其余事も、皆これを以て知るべし。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下一師の教を受け、学問する法は、善を好み行ふを以て、常に志とすべし。学問するは、善を行はんが為なり。人の善を見ては、我が身に取りて行ひ、人の義ある事を聞かば、心にむべなりと思ひ感じて行ふべし。善を見、義を聞きても、我が心に感ぜず、身に取用ひて行はずば、むげに志なく力なしといふべし。我が学問と才力と勝たりとも、人にほこりて自満すべからず。言にあらはしてほこるは、云ふに及ばず、心にもきざすべからず。志は偽り邪なく、誠ありて正しかるべし。心の内は、おほひ曇なく、裏表なく、純一にて、青天白日の如くなるべし。一点も心の内に邪悪をして、裏表あるべからず。志正しきは、万事の本なり。身に行ふ事は正直にして、道にまげず、邪にゆがめる事を行ふべからず。
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『大和俗訓』巻之五・言語一言をつつしみて、一言を出すにも、よく思案して物をいへば、言語はおのづから少なし。むりに口をとぢて言はざるにはあらず。一ことばをば必信にすべし。かりそめの少なる事にも、いつはるべからず。其事は少なりとも、心を害する咎は大なり。まことの道を失へばなり。故に万の事うるはしくとも、いつはりをいふは人にあらず。我が心の神は、則天地の神なり。おそるべし。心にいつはりと知らば言ふべからず。偽と知りてわが心をあざむくは、罪ふかし。
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