洗心洞箚記 / 卷下・第二十八條
澹臺滅明行不由徑、雖迂心安、心安卽率良知也、如行由徑、則雖捷心不安、心不安卽欺良知也、公事則至於其室、非公事則不至於其室、良知之是非分別如此、子游取斯人、亦致其好善之良知也、閔子其脫了禍福生死者矣乎、有禹稷伊周之才者矣乎、吾何以見之、觀善爲我辭焉之十有七字、以知其心之所養、與其才之所畜也、
新字:澹台滅明行不由径、雖迂心安、心安即率良知也、如行由径、則雖捷心不安、心不安即欺良知也、公事則至於其室、非公事則不至於其室、良知之是非分別如此、子游取斯人、亦致其好善之良知也、閔子其脱了禍福生死者矣乎、有禹稷伊周之才者矣乎、吾何以見之、観善為我辞焉之十有七字、以知其心之所養、与其才之所畜也、
書き下し
澹台滅明、行くに径に由らず。迂なりと雖も心安し。心安きは即ち良知に率ふなり。如し行くに径に由らば、則ち捷なりと雖も心安からず。心安からざるは即ち良知を欺くなり。公事なれば則ち其の室に至り、公事に非ざれば則ち其の室に至らず。良知の是非分別此の如し。子游、斯の人を取るも、亦其の善を好むの良知を致すなり。閔子は其れ禍福生死を脱了せる者か。禹稷伊周の才有る者か。吾何を以て之を見る。善く我が為に辞せよの十有七字を観て、以て其の心の養ふ所と、其の才の畜ふる所とを知るなり。
現代語訳
澹台滅明(子羽)は道を行くのに近道を通らなかった(『論語』雍也篇)。回り道でも心は安らかである。心が安らかなのは、良知に従っているからである。もし近道を通れば、早くても心は安らかでない。心が安らかでないのは、良知を欺いているからである。公の用事なら上役の部屋へ行き、公の用事でなければその部屋へは行かない。良知の是非の分別とはこのようなものである。子游がこの人を取り立てたのも、善を好む自分の良知を致したのである。閔子(閔子騫)は禍福や生死を超え出た人ではなかろうか。禹・稷・伊尹・周公のような才を持つ人ではなかろうか。私はどうしてそれがわかるのか。「どうか私のためにうまく断ってください(もしまた私を呼びに来るなら、私はきっと汶水のほとりに逃げているでしょう)」という十七字(『論語』雍也篇)を見て、その心が養っているものと、その才が蓄えているものを知るのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』文公二年 狼瞫、死所を得る瞫曰く、「《周志》に之れ有り、『勇にして則ち上を害するは、明堂に登らず』と。死して義ならざるは、勇に非ざるなり。共に用ゐらるる之を勇と謂ふ。吾勇を以って右を求む。勇無くして黜けらるるは、亦た其の所なり。上我を知らずと謂ふも、黜けられて宜ならば、乃ち我を知るなり。子姑く之を待て」と。彭衙に及びて既に陳し、其の屬を以って秦の師に馳せ、焉に死す。晉の師之に從ひ、大いに秦の師を敗る。君子謂ふ、狼瞫是に於いてか君子なり、と。《詩》に曰く、「君子如し怒らば、亂庶(こひねが)はくは遄(すみ)やかに沮(や)まん」と。又曰く、「王赫として斯れ怒り、爰に其の旅を整ふ」と。怒りて亂を作さず、而して以って師に從ふ、君子と謂ふ可し。秦伯猶ほ孟明を用ふ。孟明增して國政を脩め、重ねて民に施す。趙成子諸大夫に言ひて曰く、「秦の師又至らば、將に必ず之を辟けんとす。懼れて德を增す、當たる可からざるなり。《詩》に曰く、『爾が祖を念ふ毋からんや、聿(ここ)に厥の德を脩む』と。孟明之を念へり。德を念ひて怠らず、其れ敵す可けんや」と。
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『春秋左氏伝』哀公二年 鉄の戦い下卿の罰なり」と。甲戌、將に戰はんとす。郵無恤、簡子に御たり、衛の太子右たり。鐵上に登り、鄭の師の眾きを望見す。大子懼れ、自ら車下に投ず。子良、大子に綏を授けて之に乘らしめて曰く、「婦人なり」と。簡子列を巡りて曰く、「畢萬は匹夫なり。七たび戰ひて皆獲、馬百乘を有ちて、牖下に死せり。群子之を勉めよ。死は寇に在らず」と。繁羽、趙羅に御たり、宋勇右たり。羅勇無く、之を麇(つな)ぐ。吏之を詰る。御對へて曰く、「痁作りて伏せり」と。衛の大子禱りて曰く、「曾孫蒯聵、敢へて昭らかに皇祖文王・烈祖康叔・文祖襄公に告ぐ。鄭勝は亂に從ひ、晉午は難に在りて、亂を治むる能はず、鞅をして之を討たしむ。蒯聵敢へて自ら佚せず、矛を持するに備はる。敢へて告ぐ、筋を絕つこと無く、骨を折ること無く、面を傷つくること無く、以て大事を集(な)さしめよ。三祖の羞と作ること無からん。大命は敢へて請はず。佩玉は敢へて愛まず」と。鄭人、簡子を擊ちて肩に中つ。車中に斃る。其の蜂旗を獲たり。大子之を救ふに戈を以てす。鄭の師北(に)ぐ。溫の大夫趙羅を獲たり。大子復た之を伐つ。
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言志四録・言志耋録 第二百三十九条 真勇は怯なるが如し真勇は怯なるが如く、真智は愚なるが如く、真才は鈍なるが如く、真巧は拙なるが如し。
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