洗心洞箚記 / 卷上・第百八十條
況朝廷權歸內豎、懷奸固寵之徒、依附結納、擁蔽主明、嚴嵩父子濟惡、莊烈帝雖除之、而周延儒溫體仁懷私植黨、忠邪倒置矣、自楊忠愍遭刑以來、天下名賢、皆爲閹人斃焉、於是元氣盡澌、國脈垂絕、欲不亡、得乎、然而士類各上不怨天、下不尤人、只盡忠殫節、數年間、防彼禦此、戰沒之外、縊死、投繯、入水、而賣降者更無多矣、與宋末大反者、何也、此又豈非良知之敎維持人心矣乎、噫、孰謂其致明季之喪亂哉、
新字:況朝廷権帰内豎、懐奸固寵之徒、依附結納、擁蔽主明、厳嵩父子済悪、荘烈帝雖除之、而周延儒温体仁懐私植党、忠邪倒置矣、自楊忠愍遭刑以来、天下名賢、皆為閹人斃焉、於是元気尽澌、国脈垂絶、欲不亡、得乎、然而士類各上不怨天、下不尤人、只尽忠殫節、数年間、防彼禦此、戦没之外、縊死、投繯、入水、而売降者更無多矣、与宋末大反者、何也、此又豈非良知之教維持人心矣乎、噫、孰謂其致明季之喪乱哉、
書き下し
況んや朝廷の権、内豎に帰し、奸を懐き寵を固むるの徒、依附結納して、主の明を擁蔽す。厳嵩父子悪を済す。荘烈帝之を除くと雖も、而も周延儒・温体仁、私を懐き党を植ゑ、忠邪倒置す。楊忠愍の刑に遭ひてより以来、天下の名賢、皆閹人の為に斃る。是に於いて元気尽く澌き、国脈絶えんと垂とす。亡びざらんと欲するも、得んや。然り而して士類各々上は天を怨みず、下は人を尤めず、只忠を尽くし節を殫くし、数年の間、彼を防ぎ此を禦ぎ、戦没の外、縊死・投繯・入水し、而して売降する者更に多きこと無し。宋末と大いに反する者は、何ぞや。此れ又豈に良知の教の人心を維持するに非ずや。噫、孰か其の明季の喪乱を致すと謂はんや。
現代語訳
まして朝廷の権力は宦官の手に帰し、悪心を抱いて寵愛を固めようとする者たちが、宦官に取り入り結託して、君主の明察をおおい隠した。厳嵩父子は悪事を重ねた。荘烈帝(崇禎帝)はそうした者を除いたが、周延儒・温体仁が私心を抱いて党派を植えつけ、忠臣と邪臣が逆さまに扱われた。楊忠愍(楊継盛)が刑死して以来、天下の名賢はみな宦官のために倒された。こうして国の元気は尽き果て、国の命脈は絶えようとしていた。滅びまいとしても、できようか。それでも士人たちはそれぞれ、上は天を怨まず、下は人をとがめず(『論語』憲問篇)、ただ忠を尽くし節を尽くして、数年のあいだ、あちらを防ぎこちらを守り、戦死した者のほかにも、首をくくり、縄に首をかけ、水に身を投げた者がいて、身を売って降伏する者はほとんどいなかった。宋末と大いに異なるのはなぜか。これもまた良知の教えが人の心を支えたからではないか。ああ、誰が良知の学が明末の滅亡と混乱を招いたなどと言えようか。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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『武士道』第九章 忠節・忠と孝の衝突平家物語の作者は、小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりもなほ高き父の恩、たちまちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には既に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退これ谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて心破れたるもの、古来其人多し、あに独り重盛のみならんや。シェイクスピアも将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや、武士道は孝を捨てて寧ろ忠を取るに遅疑せず。しかのみならず、女子も亦た敢て其子を励まして君主の為に死せしむ。
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