洗心洞箚記 / 卷上・第百八十條
而何啻、徐橫山之具體、錢緒山之篤信、王龍溪之精微、王心齋之超脫、聶雙江之主靜、薛中離之精研、其餘劉兩峰劉獅泉劉晴川黃洛村何善山陳明水魏水洲冀闇齋南瑞泉季彭山趙大洲董蘿石馮華亭等皆得良知之宗、有敎化經濟文章節義之績、而私淑之人、如徐存齋宋望之、受業聶雙江、尤西川受業劉晴川、唐荊川受業王龍溪、羅近溪受業王心齋再傳顏山農、皆爲當代之名賢、而許孚遠鄧宇定陳蒙山萬思默胡廬山鄧潛谷馮慕岡薛方山徐波石張宏山施忠愍等皆亦其私淑之傑出者也、而雖夫李見羅止修之學、呂新吾呻吟之工、皆蒸出于此、東林諸君之學、多亦導源於此、
新字:而何啻、徐横山之具体、銭緒山之篤信、王竜渓之精微、王心斎之超脱、聶双江之主静、薛中離之精研、其余劉両峰劉獅泉劉晴川黄洛村何善山陳明水魏水洲冀闇斎南瑞泉季彭山趙大洲董蘿石馮華亭等皆得良知之宗、有教化経済文章節義之績、而私淑之人、如徐存斎宋望之、受業聶双江、尤西川受業劉晴川、唐荊川受業王竜渓、羅近渓受業王心斎再伝顔山農、皆為当代之名賢、而許孚遠鄧宇定陳蒙山万思黙胡廬山鄧潜谷馮慕岡薛方山徐波石張宏山施忠愍等皆亦其私淑之傑出者也、而雖夫李見羅止修之学、呂新吾呻吟之工、皆蒸出于此、東林諸君之学、多亦導源於此、
書き下し
而して何ぞ啻だならん。徐横山の具体、銭緒山の篤信、王龍渓の精微、王心斎の超脱、聶双江の主静、薛中離の精研、其の余、劉両峰・劉獅泉・劉晴川・黄洛村・何善山・陳明水・魏水洲・冀闇斎・南瑞泉・季彭山・趙大洲・董蘿石・馮華亭等、皆良知の宗を得て、教化・経済・文章・節義の績有り。而して私淑の人、徐存斎・宋望之の如きは、業を聶双江に受け、尤西川は業を劉晴川に受け、唐荊川は業を王龍渓に受け、羅近渓は業を王心斎の再伝顔山農に受く。皆当代の名賢為り。而して許孚遠・鄧宇定・陳蒙山・万思黙・胡廬山・鄧潜谷・馮慕岡・薛方山・徐波石・張宏山・施忠愍等も、皆亦其の私淑の傑出せる者なり。而して夫の李見羅の止修の学、呂新吾の呻吟の工と雖も、皆此より蒸し出で、東林諸君の学も、多く亦源を此に導く。
現代語訳
いや、それだけではない。徐横山(徐愛)の師の全体をそなえた学、銭緒山(銭徳洪)の篤い信、王龍渓(王畿)の精微、王心斎(王艮)の超脱、聶双江(聶豹)の主静、薛中離(薛侃)の精しい研究があり、そのほか劉両峰・劉獅泉・劉晴川・黄洛村・何善山・陳明水・魏水洲・冀闇斎・南瑞泉・季彭山・趙大洲・董蘿石・馮華亭らは、みな良知の宗旨を得て、教化・経世・文章・節義の業績がある。また私淑した人々では、徐存斎(徐階)・宋望之は聶双江に学び、尤西川は劉晴川に学び、唐荊川(唐順之)は王龍渓に学び、羅近渓(羅汝芳)は王心斎の再伝の弟子顔山農に学んだ。みな当代の名賢である。さらに許孚遠・鄧宇定・陳蒙山・万思黙・胡廬山・鄧潜谷・馮慕岡・薛方山・徐波石・張宏山・施忠愍らも、みな私淑した者のうちの傑出した人物である。そして李見羅(李材)の止修の学や、呂新吾(呂坤)の『呻吟語』の工夫でさえ、みなここから醸し出されたものであり、東林党の諸君の学も、多くはここに源を発している。
解説
この章句が説くこと
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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