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洗心洞箚記 / 卷上・第百八十條

素與唐順之善、順之應召、欲挽之出、嚴嵩以同鄉故、擬假邊才起用、皆力辭、其論學曰、儒者學在經世、而以無欲爲本、山中有石洞、舊爲虎穴、葺茅居之、命曰石蓮、謝客默坐一榻、三年不出戶、主事項喬、巡撫馬森、共請築其家、念菴皆辭焉、以志士不忘在溝壑爲期、隆慶初卒、

新字:素与唐順之善、順之応召、欲挽之出、厳嵩以同郷故、擬仮辺才起用、皆力辞、其論学曰、儒者学在経世、而以無欲為本、山中有石洞、旧為虎穴、葺茅居之、命曰石蓮、謝客黙坐一榻、三年不出戸、主事項喬、巡撫馬森、共請築其家、念菴皆辞焉、以志士不忘在溝壑為期、隆慶初卒、

書き下し

素より唐順之と善し。順之召に応じ、之を挽きて出ださんと欲す。厳嵩、同郷の故を以て、辺才に仮りて起用せんと擬す。皆力めて辞す。其の学を論じて曰く、儒者の学は経世に在り、而して無欲を以て本と為すと。山中に石洞有り、旧虎穴為り。茅を葺きて之に居り、命じて石蓮と曰ふ。客を謝し一榻に黙坐し、三年戸を出でず。主事項喬、巡撫馬森、共に其の家を築かんと請ふも、念菴皆辞す。志士は溝壑に在るを忘れずを以て期と為し、隆慶の初めに卒す。

現代語訳

念菴はかねて唐順之と親しかった。順之が朝廷の召しに応じたとき、念菴を引っぱり出そうとした。厳嵩(明の権臣)は同郷のよしみから、辺境防備の人材という名目で起用しようとした。念菴はいずれも固く辞退した。その学問を論じて「儒者の学は世を治めることにあり、そして無欲を根本とする」と言った。山中に石の洞穴があり、かつては虎の住みかだった。茅を葺いてそこに住み、石蓮と名づけた。客を断って一つの腰掛けに黙って坐り、三年間戸口を出なかった。主事の項喬と巡撫の馬森が、ともに彼のために家を建てたいと願い出たが、念菴はどちらも断った。「志士は溝や谷に屍をさらすことを忘れない」(『孟子』滕文公下篇)を心の期するところとし、隆慶の初めに亡くなった。

解説

羅洪先の略伝の後半である。友人の誘いも、権臣厳嵩の推挙も断り、山中の洞穴に庵を結んで三年黙坐した。儒者の学は経世にあり、その本は無欲だという言葉が、前半の実務への精励とこの隠棲とを一つにつないでいる。中斎は、欲を去ることがかえって世のために働く力の根になると考え、それを太虚に帰す工夫と重ねて読ませる。出世や厚遇の誘いを断って自分の軸を守ることは、利害の誘惑が多い現代の仕事でも、判断の確かさを支える条件である。

この章句が説くこと

無欲経世太虚修己志羅洪先

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