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洗心洞箚記 / 卷上・第百八十條

此南畇先生所著釋毀錄之自敘、而鄒文莊者、所謂東廓先生也、諱守益、字謙之、歐陽文莊者、所謂南野先生也、諱德、字崇一、羅文恭者、所謂念菴先生也、諱洪先、字達夫、鹿忠節、諱繼善、字伯順、蔡忠襄、諱懋德、字維立、孟雲浦、諱化鯉、字叔龍、黃石齋、諱道周、字幼元、蕺山劉先生者、所謂念臺也、諱宗周、字起東、孫蘇門、諱奇逢、字啓泰、李二曲、諱容、字中孚、黃黎洲、諱宗羲、字太冲、其道德功業、皆炳燿乎載籍矣、閱者知之、然而載籍浩瀚、閱者亦罕、況學屬姚江者、禁而不稱之、故予就明史明史藁南疆繹史、及學按等之書、採諸君之道德功業略述焉、小子聽之、

新字:此南畇先生所著釈毀録之自敘、而鄒文荘者、所謂東廓先生也、諱守益、字謙之、欧陽文荘者、所謂南野先生也、諱徳、字崇一、羅文恭者、所謂念菴先生也、諱洪先、字達夫、鹿忠節、諱継善、字伯順、蔡忠襄、諱懋徳、字維立、孟雲浦、諱化鯉、字叔竜、黄石斎、諱道周、字幼元、蕺山劉先生者、所謂念台也、諱宗周、字起東、孫蘇門、諱奇逢、字啓泰、李二曲、諱容、字中孚、黄黎洲、諱宗羲、字太沖、其道徳功業、皆炳燿乎載籍矣、閲者知之、然而載籍浩瀚、閲者亦罕、況学属姚江者、禁而不称之、故予就明史明史藁南疆繹史、及学按等之書、採諸君之道徳功業略述焉、小子聴之、

書き下し

此れ南畇先生著す所の釈毀録の自叙なり。而して鄒文荘とは、所謂東廓先生なり、諱は守益、字は謙之。欧陽文荘とは、所謂南野先生なり、諱は徳、字は崇一。羅文恭とは、所謂念菴先生なり、諱は洪先、字は達夫。鹿忠節、諱は継善、字は伯順。蔡忠襄、諱は懋徳、字は維立。孟雲浦、諱は化鯉、字は叔龍。黄石斎、諱は道周、字は幼元。蕺山劉先生とは、所謂念台なり、諱は宗周、字は起東。孫蘇門、諱は奇逢、字は啓泰。李二曲、諱は容、字は中孚。黄黎洲、諱は宗羲、字は太冲。其の道徳功業、皆載籍に炳燿たり。閲する者之を知る。然れども載籍浩瀚にして、閲する者も亦罕なり。況んや学の姚江に属する者は、禁じて之を称せず。故に予、明史・明史藁・南疆繹史、及び学按等の書に就き、諸君の道徳功業を採りて略述す。小子之を聴け。

現代語訳

以上は南畇先生が著した『釈毀録』の自序である。鄒文荘とはいわゆる東廓先生で、名は守益、字は謙之。欧陽文荘とはいわゆる南野先生で、名は徳、字は崇一。羅文恭とはいわゆる念菴先生で、名は洪先、字は達夫。鹿忠節は名は継善、字は伯順。蔡忠襄は名は懋徳、字は維立。孟雲浦は名は化鯉、字は叔龍。黄石斎は名は道周、字は幼元。蕺山劉先生とはいわゆる念台で、名は宗周、字は起東。孫蘇門は名は奇逢、字は啓泰。李二曲は名は容、字は中孚。黄黎洲は名は宗羲、字は太冲。その道徳と功業は、みな書物に輝かしく記されており、読む者は知っている。しかし書物は膨大で、読む者もまれである。まして姚江(王陽明)の学に属する人々のことは、禁じて称えようとしない。そこで私は『明史』『明史藁』『南疆繹史』および『学按』などの書によって、諸君の道徳と功業を拾い出して略述する。門弟たちよ、聞きなさい。

解説

ここから中斎自身の筆に移る。彭定求の自序が名を挙げた陽明学の諸儒について、諱と字を一人ずつ注し、その事績が『明史』などに載っていながら、陽明学に属する者は禁じられて称えられないと述べ、門弟に向けて略伝を語り始める。幕府が朱子学を正学とし、寛政異学の禁を経た時代に、陽明学の人物の生き方を正面から語ること自体が中斎の主張であった。思想を語るときに人物の行いを示すのは、理念を実例で伝える教育の基本でもある。

この章句が説くこと

陽明学良知学問人物歴史明史

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