洗心洞箚記 / 卷上・第百八十條
文成之學、傳之當時者、若鄒文莊、若歐陽文莊、若羅文恭、皆粹然無疵者也、沿及鹿忠節蔡忠襄孟雲浦黃石齋謹守宗旨、而蕺山劉先生闡揚洗滌、尤集厥成、實爲有明一代扶翼道統、主持名敎之歸、而近之宗述文成者、若孫蘇門李二曲黃黎洲諸先生率皆修持邃密、經濟通明、侍御欲盡舉而貶抑之、亦不能也、且侍御之所宗者、不過如陳淸瀾之學蔀通辯、與近今□□□應潛齋張武承之言而已、以彼生平行誼、視前哲爲何如哉、余之深爲侍御惜者此也、自三魚堂集出、而奉爲枕祕者、益復恣簧鼓、逞戈矛、若非排擊文成不爲功者、然文成之緒言幾絕、而朱子之學、卒未有明也、是豈侍御初志哉、嗚呼、良知喪、而害之中於世道人心者深矣、卽強繩之以居敬窮理、其不爲色莊口講者鮮矣、
新字:文成之学、伝之当時者、若鄒文荘、若欧陽文荘、若羅文恭、皆粋然無疵者也、沿及鹿忠節蔡忠襄孟雲浦黄石斎謹守宗旨、而蕺山劉先生闡揚洗滌、尤集厥成、実為有明一代扶翼道統、主持名教之帰、而近之宗述文成者、若孫蘇門李二曲黄黎洲諸先生率皆修持邃密、経済通明、侍御欲尽舉而貶抑之、亦不能也、且侍御之所宗者、不過如陳清瀾之学蔀通弁、与近今□□□応潜斎張武承之言而已、以彼生平行誼、視前哲為何如哉、余之深為侍御惜者此也、自三魚堂集出、而奉為枕秘者、益復恣簧鼓、逞戈矛、若非排撃文成不為功者、然文成之緒言幾絶、而朱子之学、卒未有明也、是豈侍御初志哉、嗚呼、良知喪、而害之中於世道人心者深矣、即強縄之以居敬窮理、其不為色荘口講者鮮矣、
書き下し
文成の学、之を当時に伝ふる者は、鄒文荘の若き、欧陽文荘の若き、羅文恭の若き、皆粋然として疵無き者なり。沿ひて鹿忠節・蔡忠襄・孟雲浦・黄石斎に及び、謹んで宗旨を守り、而して蕺山劉先生、闡揚洗滌し、尤も厥の成を集む。実に有明一代の道統を扶翼し、名教を主持するの帰為り。而して近ごろの文成を宗述する者、孫蘇門・李二曲・黄黎洲の諸先生の若きは、率ね皆修持邃密にして、経済通明なり。侍御、尽く挙げて之を貶抑せんと欲するも、亦能はざるなり。且つ侍御の宗とする所の者は、陳清瀾の学蔀通辯と、近今の□□□・応潜斎・張武承の言の如きに過ぎざるのみ。彼の生平の行誼を以て、前哲に視べて何如と為すや。余の深く侍御の為に惜しむ者は此れなり。三魚堂集出でてより、奉じて枕秘と為す者、益々復た簧鼓を恣にし、戈矛を逞しくし、文成を排撃するに非ざれば功と為さざる者の若し。然れども文成の緒言は幾ど絶え、而して朱子の学も、卒に未だ明らかなること有らざるなり。是れ豈に侍御の初志ならんや。嗚呼、良知喪びて、害の世道人心に中る者深し。即ひ強ひて之を縄すに居敬窮理を以てするも、其の色荘口講と為らざる者は鮮し。
現代語訳
「文成の学をその当時に伝えた人々、たとえば鄒文荘・欧陽文荘・羅文恭は、いずれも純粋で欠点のない人物である。その流れは鹿忠節・蔡忠襄・孟雲浦・黄石斎に及び、彼らは謹んで宗旨を守った。そして蕺山の劉先生がこれを明らかにして広め、汚れを洗い清め、最もよくその集大成を果たした。まことに明一代の道統を助け支え、名教をつかさどる拠り所となった。近ごろ文成を宗として祖述する人々、孫蘇門・李二曲・黄黎洲の諸先生も、おおむね修養が深く緻密で、世を治める実務にも通じている。侍御がこれらをことごとく挙げて貶めようとしても、できることではない。しかも侍御が宗とするのは、陳清瀾(陳建)の『学蔀通辯』と、近ごろの□□□(三字空格)・応潜斎(応撝謙)・張武承(張烈)の言説にすぎない。彼らの平生の行いを、先哲と比べてどうだというのか。私が侍御のために深く惜しむのはこの点である。『三魚堂集』が世に出てから、それを秘蔵の書としてあがめる者たちは、ますます勝手に言い立て、矛を振るい、文成を排撃しなければ手柄にならないかのようである。しかし文成の遺した言葉はほとんど絶え、しかも朱子の学もついに明らかにはならなかった。これがどうして侍御の初めの志であろうか。ああ、良知が失われて、その害が世の道と人の心に及ぶことは深い。たとえ居敬窮理で無理に縛ろうとしても、うわべだけ慎み深く口先で講じるだけにならない者は少ない。」
解説
この章句が説くこと
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