洗心洞箚記 / 卷上・第百七十四條
讀明史月娥傳、至寇至城陷、月娥嘆曰、吾生詩禮家、可失節於賊耶、抱幼女赴水死、未嘗不掩卷以慨然流涕也、劍佩冠裳、賣降恐後之徒、對是冊子中娥眉、非無面目矣乎、吾賦詩曰、汚身不獨河間婦、天下男兒多亦然、月娥何者恥詩禮、水上流尸顏尙妍、
新字:読明史月娥伝、至寇至城陥、月娥嘆曰、吾生詩礼家、可失節於賊耶、抱幼女赴水死、未嘗不掩巻以慨然流涕也、剣佩冠裳、売降恐後之徒、対是冊子中娥眉、非無面目矣乎、吾賦詩曰、汚身不独河間婦、天下男児多亦然、月娥何者恥詩礼、水上流尸顔尚妍、
書き下し
明史月娥伝を読みて、「寇至り城陥る。月娥嘆じて曰く、吾詩礼の家に生まる、節を賊に失ふべけんや。幼女を抱きて水に赴きて死す」に至りて、未だ嘗て巻を掩ひて以て慨然として流涕せずんばあらざるなり。剣佩冠裳、降を売りて後れんことを恐るるの徒、是の冊子中の娥眉に対して、面目無きに非ずや。吾詩を賦して曰く、「身を汚すは独り河間の婦のみならず、天下の男児多く亦然り。月娥何者ぞ詩礼に恥ぢ、水上の流尸顔尚妍なり」と。
現代語訳
『明史』の月娥の伝を読んで、「賊が来て城が陥ちた。月娥は嘆いて言った、私は詩と礼を重んじる家に生まれた、賊に節を失ってよいものか、と。幼い娘を抱いて水に身を投げて死んだ」というところに至ると、いつも書を閉じて胸をつまらせ涙を流さずにはいられない。剣を帯び冠と衣装をつけながら、降伏を売り物にして遅れることを恐れるような連中は、この書物の中の美しい女性に対して、合わせる顔がないではないか。私は詩を作って言った。「身を汚すのは河間の婦(柳宗元『河間伝』の淫婦)だけではない。天下の男子にもそういう者が多い。月娥とはいかなる人か、詩礼の家に恥じぬよう身を処した。水に浮かぶ亡骸の顔は、なお美しかった。」
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第八章 名譽・恥を知るは諸徳の原たとひ微小なりとも、創を蒙らんことは我が願ふ所にあらず』と。白石の既に少年の日に当り、いやしくも節を屈し、恥を負ふの事を甘んじ、以て畢生の大創を蒙り、敢て其天分を壊り、品性を害することを肯ぜざりしもの、実に士たるの本懐を吐露して違はざりしものと謂ふべし。孟子が『羞悪の心は義の端なり』と教へてより後、二千年にして、カーライルは殆ど同義の弁をなして曰へり。『恥を知るは、諸徳の原、良容善行の根なり』と。武士は恥を恐るること甚だしきものありき。我国文学は、シェイクスピアがノーフォークの口に上ぼせたるが如き雄弁なる詞句を有せざれど、なお恥を恐るるの念は、武士の頭上に懸れるダモクレスの剣なりき。然り、恥を恐るるは大に可なり。されど其の過ぐるや、往々病的なる性質を帯ぶることなきにあらず。
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『呻吟語』内篇・修身・邪僻を蹈めば肆志抗額邪僻を蹈めば、則ち志を肆にし額を抗げて略ぼ顧忌する所無し。義禮に由れば、則ち頭を羞ぢ面を愧ぢて以て自ら容るる無きが若し。此れ愚不肖の恒態にして、士君子の大恥なり。
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