洗心洞箚記 / 卷上・第百五十六條
有類狷忿者、動鬱心而惡人、予告之曰、子廉而謹取予、不吐諛言以媚人、子心能知否、曰、能知、是乃子與流俗人相反處、子心亦能知否、曰、能知、而子有妬心、時竊發、不知之乎、曰、有焉、故不得謂不知、子有驚寵辱、與趨避禍福之心、子不知之乎、曰、有焉、故亦不得謂不知、是卽流俗人、與子相同處、子亦不知之乎、曰、安得謂不知哉、然則畢竟子與流俗人相反、乃其跡耳、而心則無殊別矣、又何非彼是我悻悻然怒爲、
新字:有類狷忿者、動鬱心而悪人、予告之曰、子廉而謹取予、不吐諛言以媚人、子心能知否、曰、能知、是乃子与流俗人相反処、子心亦能知否、曰、能知、而子有妬心、時窃発、不知之乎、曰、有焉、故不得謂不知、子有驚寵辱、与趨避禍福之心、子不知之乎、曰、有焉、故亦不得謂不知、是即流俗人、与子相同処、子亦不知之乎、曰、安得謂不知哉、然則畢竟子与流俗人相反、乃其跡耳、而心則無殊別矣、又何非彼是我悻悻然怒為、
書き下し
狷忿に類する者有り、動もすれば心を鬱して人を悪む。予之に告げて曰く、「子は廉にして取予を謹み、諛言を吐きて以て人に媚びず、子の心能く知るや否や」と。曰く、「能く知る」と。「是れ乃ち子と流俗の人と相反する処なり、子の心亦能く知るや否や」と。曰く、「能く知る」と。「而して子に妬心有りて、時に窃かに発す、之を知らざるか」と。曰く、「有り、故に知らずと謂ふを得ず」と。「子に寵辱に驚くと、禍福を趨避するとの心有り、子之を知らざるか」と。曰く、「有り、故に亦知らずと謂ふを得ず」と。「是れ即ち流俗の人と子と相同じき処なり、子亦之を知らざるか」と。曰く、「安んぞ知らずと謂ふを得んや」と。「然らば則ち畢竟子と流俗の人と相反するは、乃ち其の跡のみにして、心は則ち殊別無し。又何ぞ彼を非とし我を是として悻悻然として怒ることを為さん」と。
現代語訳
狷忿(かたくなで怒りっぽい)に近い人がいて、ややもすれば心をふさいで人を憎んだ。私はその人に言った。「君は清廉で、物のやりとりに慎重で、へつらいの言葉で人に媚びない。君は自分の心でそれを知っているか。」「知っています。」「それこそ君が世俗の人と正反対のところだ。それも君は心で知っているか。」「知っています。」「ところが君には妬む心があって、時々ひそかに出てくる。それを知らないか。」「あります。だから知らないとは言えません。」「君には寵愛や恥辱に心を乱し、禍を避け福に走る心がある。それを知らないか。」「あります。だからこれも知らないとは言えません。」「これこそ世俗の人と君が同じところだ。それも知らないか。」「どうして知らないと言えましょう。」「それなら結局、君と世俗の人が正反対なのはその行いの跡だけで、心には違いがない。それなのに、どうして相手を非とし自分を是として、むっとして怒るのか。」
解説
この章句が説くこと
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