言志四録 / 言志後録 第二百五十一条 夢は我が心の象
一善念萌時。其夜必安眠無夢。有夢則或見正人。或見君父。或値吉慶事。如周官正夢喜夢之類。又一妄念起時。其夜必不安眠。夢亦多雜夢。恍惚變幻。或見小人。或見婦女。或値危難事。如周官畸夢懼夢之類。及醒後自思察。夢中所見正人君父。即我心也。吉慶事。卽我心也。皆善念所結之象。又其所見小人婦女。亦卽我心也。危難事。亦卽我心也。皆妄念所結之象。葢一念善妄之形諸夢寐。可不自反乎。死生。晝夜之道也。佛氏設地獄天堂之權敎。亦恐說心之眞妄。得無與此夢覺相彷彿邪。
新字:一善念萌時。其夜必安眠無夢。有夢則或見正人。或見君父。或値吉慶事。如周官正夢喜夢之類。又一妄念起時。其夜必不安眠。夢亦多雑夢。恍惚変幻。或見小人。或見婦女。或値危難事。如周官畸夢懼夢之類。及醒後自思察。夢中所見正人君父。即我心也。吉慶事。即我心也。皆善念所結之象。又其所見小人婦女。亦即我心也。危難事。亦即我心也。皆妄念所結之象。葢一念善妄之形諸夢寐。可不自反乎。死生。昼夜之道也。仏氏設地獄天堂之権教。亦恐説心之真妄。得無与此夢覚相彷彿邪。
書き下し
一善念萌す時は、其の夜必ず安眠して夢無し。夢有れば則ち或いは正人を見、或いは君父を見、或いは吉慶の事に値ふ。周官の正夢・喜夢の類の如し。又一妄念起る時は、其の夜必ず安眠せず、夢も亦雑夢多く、恍惚として変幻す。或いは小人を見、或いは婦女を見、或いは危難の事に値ふ。周官の畸夢・懼夢の類の如し。醒めて後自ら思察するに及べば、夢中に見る所の正人君父は、即ち我が心なり。吉慶の事も、即ち我が心なり。皆善念の結ぶ所の象なり。又其の見る所の小人婦女も、亦即ち我が心なり。危難の事も、亦即ち我が心なり。皆妄念の結ぶ所の象なり。蓋し一念の善妄の夢寐に形はるるなり。自ら反みざる可けんや。死生は昼夜の道なり。仏氏の地獄天堂の権教を設くるも、亦恐らくは心の真妄を説くならん。此の夢覚と相彷彿たること無きを得んや。
現代語訳
一つの善い思いが芽生えたときは、その夜は必ず安らかに眠って夢を見ない。夢を見るとすれば、正しい人に会うか、主君や父に会うか、めでたい事に出会うかであって、『周礼』にいう正夢・喜夢の類のようである。また一つのみだらな思いが起こったときは、その夜は必ず安らかに眠れず、夢も雑多なものが多く、ぼんやりとして移り変わる。つまらない人物に会ったり、女性に会ったり、危難に出会ったりするのであって、『周礼』にいう噩夢・懼夢の類のようである。目覚めた後に自ら考えてみると、夢の中で見た正しい人や主君・父は、つまり自分の心である。めでたい事も、つまり自分の心である。どれも善い思いが結んだ姿である。またその見たつまらない人物や女性も、やはり自分の心である。危難も、やはり自分の心である。どれもみだらな思いが結んだ姿である。思うに、一つの思いの善し悪しが夢の中に形となって現れるのである。自ら省みずにいられようか。死と生は昼と夜のようなものである(易経「昼夜の道に通じて知る」)。仏教が地獄と天国という方便の教えを設けたのも、おそらく心の真と妄とを説いたのであろう。この夢と目覚めの関係に似ていないことがあろうか。
解説
この章句が説くこと
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