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洗心洞箚記 / 卷上・第百四十六條

子弟問文文山正氣歌所謂鬼神泣壯烈義、曰、人眞有忠君之心、而無一毫人欲之私者、讀孔明出師表必飮泣矣、便是良知之感動也、良知卽鬼神、何別有鬼神乎哉、嗚呼、爾等亦忠矣、則必知得鬼神之泣、

新字:子弟問文文山正気歌所謂鬼神泣壮烈義、曰、人真有忠君之心、而無一毫人欲之私者、読孔明出師表必飲泣矣、便是良知之感動也、良知即鬼神、何別有鬼神乎哉、嗚呼、爾等亦忠矣、則必知得鬼神之泣、

書き下し

子弟文文山の正気歌の所謂鬼神も壮烈に泣くの義を問ふ。曰く、人真に君に忠なるの心有りて、一毫の人欲の私無き者は、孔明の出師表を読みて必ず飲泣せん。便ち是れ良知の感動なり。良知は即ち鬼神なり、何ぞ別に鬼神有らんや。嗚呼、爾等も亦忠ならば、則ち必ず鬼神の泣くを知り得ん。

現代語訳

門人が、文文山(文天祥)の「正気歌」にいう「鬼神も壮烈さに泣く」の意味を問うた。答えて言う。「人が本当に君に忠である心を持ち、少しも人欲の私がない者は、孔明(諸葛亮)の「出師表」を読めば必ず声を呑んで泣くだろう。それがそのまま良知の感動である。良知がすなわち鬼神である。どうして別に鬼神があろうか。ああ、お前たちもまた忠であるなら、必ず鬼神の泣くことが分かるだろう。」

解説

南宋の文天祥が元に囚われて作った「正気歌」の、諸葛亮の出師表を称えて「鬼神も壮烈に泣く」という句の意味を門人に問われての答えである。中斎は、鬼神とは外にある霊ではなく良知のことであり、私心なく忠なる者が出師表を読んで涙するのは良知の感動だと言う。鬼神を良知に収める解釈は、天地と心を一つと見る中斎の思想そのものである。理屈ではなく、心が震えて涙が出る瞬間に、自分の良知が働いていることを知る。そういう体験を持つことが、生き方の支えになる。

この章句が説くこと

良知鬼神忠感動文天祥諸葛亮

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