洗心洞箚記 / 卷上・第百三十七條
君子之於善也、必知行合一矣、小人之於不善也、亦必知行合一矣、而君子若知善而不行、則變小人之機、小人若知不善而不行、則化君子之基、是以君子亦不足恃、小人亦不可鄙也、
新字:君子之於善也、必知行合一矣、小人之於不善也、亦必知行合一矣、而君子若知善而不行、則変小人之機、小人若知不善而不行、則化君子之基、是以君子亦不足恃、小人亦不可鄙也、
書き下し
君子の善に於けるや、必ず知行合一す。小人の不善に於けるや、亦必ず知行合一す。而して君子若し善を知りて行はずんば、則ち小人に変ずるの機なり。小人若し不善を知りて行はずんば、則ち君子に化するの基なり。是を以て君子も亦恃むに足らず、小人も亦鄙しむべからざるなり。
現代語訳
君子は善について必ず知と行が一つである。小人も不善について必ず知と行が一つである。そして君子がもし善を知りながら行わなければ、それは小人に変わるきっかけである。小人がもし不善を知りながら行わなければ、それは君子に変わる土台である。だから君子であることも頼みにならず、小人であっても見下してはならない。
解説
王陽明の知行合一を、善だけでなく不善にも当てはめる鋭い条である。君子が善を知って行うのと同じく、小人も不善を知ってすぐ行う点では知行合一である。ところが君子が善を知って行わなければ小人への転落が始まり、小人が不善を知って行わなければ君子への道が開ける。だから君子の地位に安んじてはならず、小人を見下してもならない。人は固定した存在ではなく、今この一念と一行で変わる。過去の実績に頼る人も、過ちのあった人も、明日は同じではない。
この章句が説くこと
知行合一君子小人善陽明学修己
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